約 243,326 件
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/406.html
ヒュゥン……。 軽やかな作動音と共に、私の意識は覚醒した。 機体各所の動作チェックの終了を受けて、ゆっくりと視覚素子を起動させる。 目の前にあるのは、人間の顔。 性別は女性。まだ少女と呼んだ方がいいのか、幼さの抜け切らないあどけない表情で、こちらをにこにこと見つめている。 「おはよう。気分はいかが?」 「あなたは……マスターですか?」 いきなりの問いに少女は面食らったのか、軽く目を見開いた。 「あの……」 けれど、マスターの認証は私達神姫にとって一番大事なこと。マスターを定めなければ、私はどう振る舞えばいいのかさえ分からないのだから。 「ふふ、せっかちなコね?」 艶やかな長い黒髪を揺らし、少女はくすりと笑う。 「……申し訳ありません。慣れていないもので」 「いいわ。考えたら、あたしも初めてだもの」 少女の手が私の方へ伸びてくる。色白の細い指が、私の頭をそっと撫でてくれた。 「あ……」 そのまま背中に手を回され、ひょいとお尻からすくい上げられてしまう。 バランスを取り戻すよりも早く、少女の細い指が私の足とお尻を包み込み、私を支える椅子となってくれた。 「私は戸田静香。あなたのマスターよ」 「戸田静香様……マスターと認証しました」 登録完了。 これで、最初にすべきことは終わった。 「マスターっていうのも堅苦しいわね。静香でいいわ……」 「……?」 いきなり呼ばれた固有名詞に、私は首を傾げる。 「あなたの名前。……気に入らない?」 「いえ、いきなりだったもので……」 そういえば、私自身の名前のことなど思いつきもしなかった。初期ロットとは言え、その手のバグは無いはずなのに……。 「我ながら、ちょっとシンプルすぎるかな、とも思ったんだけどね。名前なんて、シンプルなくらいがちょうど良いのよ」 話し方こそ大人びているが、仕草はどちらかといえば子供っぽい人だ。 「マスタ……静香も相当せっかちですね」 「似たもの同士、ってこと?」 「……はい」 「ま、いいわ。似たもの同士なら、仲良くやれるはずよね。きっと」 「はい!」 笑顔の静香は私を手に乗せたまま立ち上がり……。 「それじゃ……」 魔女っ子神姫 マジカル☆アーンヴァル ~ドキドキハウリン外伝~ その5 テンポ良くキーボードを叩く音が、部屋の中に響いている。ブライドタッチほど早くはないけれど、指一本よりははるかに早い、そんな速さで。 かちゃん。 リターンキーを強く叩く音で連なるタイプ音はようやく止まり、ボクは携帯ゲーム機から視線を上げた。 もちろんキーボードを叩いていたのはボクじゃない。 ジルだ。 両足でエンターキーへの着地をキメたまま、得意げにこちらへ振り返る。 「なぁ、十貴」 「何?」 ジルがPCの使い方を覚えたのはつい最近のことだ。最初は両手でトラックボール……ジルにPC用のマウスは大きすぎるから、ジル用に買ってきたもの……を転がすのが精一杯だったけど、キーボードをステップを踏む事でタイピングする方法を覚えてからは、ネットであちこちの掲示板なんかまで見るようになったらしい。 「それ、おもしれえの?」 ボクがやってる携帯ゲーム機を指差して、そう聞いてきた。 「まあまあかなー」 今やってるのは、もう40年近くも続いてるモンスターバトルゲームのシリーズ最新作。今は黄色の電気ハリネズミが、超高速でフィールドを突っ走りながら電撃を放っている。 「っていうかさ。そんなバーチャルな育成ゲームじゃなくて、もっとリアルな育成ゲームしてみたくねえ?」 「……はぁ?」 そもそも、育成ゲーム自体がバーチャルなゲームなんじゃ……。 「例えば、神姫とかー」 神姫も、機械の女の子を育てるって意味じゃ、育成の分野に入る……のかな? 「……ジルを育成するの?」 でも、ジルを見てる限り、神姫に育成要素があるとはとても思えな……。 「あぁ? 誰を育成するって?」 「……ごめん」 ほらね。どう見ても、神姫に育成ゲーム要素はないでしょ。 「あたしが十貴を育成してんだろが」 …………。 「……はいはい」 ボクは話を打ち切って、携帯ゲーム機に視線を落とす。 あ。メカ武装をまとったオレンジのティラノサウルスが出て来た。えっと、こいつ、まだ仲間にしてなかったっけ……? 「なぁ、十貴ぃ」 「……何が言いたいの、ジル」 ジルがこういう持って回った言い方をするときは、大抵何かある時だ。今日は何だろう。 だいたい予想はつくけどさ。 「なぁ、十貴。ウチは神姫買わねえの?」 やっぱり。 なにせ今日は、神姫の発売日なわけだしね。 「うちにそんなお金あるわけ無いでしょ……」 ネットで見た限り、神姫は一体でちょっとしたPC並みの値段がするらしい。スペックだけ見れば相応どころかむしろ割安だとは思うけど、中学生のボクにそんなお金があるはず無いし……父さんが1/12のモータライズボトムズ相手に激しい多々買いをを繰り広げて大変な事になってる我が家にだって、そんな余裕があるはずもない。 ちなみにジルが使ってるボクのPCも、父さんが仕事で使ってたヤツのお下がりだ。 「そもそも、神姫の複数買いって出来るの?」 「ほらー。ここの人達だって、黒子と白子げとー、とか書いてるじゃんか」 ジルってば、何処のページを見てるかと思えば……。まったくもう。 「何? もうそんなスレ立ってるんだ……」 マウスでスクロールを掛けて、ざっと斜め読みしてみる。 「昨日からフラゲ組がハァハァしてるよ。どこも在庫切れになってるみたいだけど」 少し前に、テストバトル参加者からの情報リークで(ボクじゃないよ)アーンヴァルの空中戦が圧倒的優勢って話になってたから……アーンヴァルの方が沢山売れてるのかなとも思ったけど、ここを見てる限りじゃどっちも同じくらい売れてるみたいだ。 「物売るってレベルじゃねえぞって……何だかなぁ」 三十年くらい前に流行語大賞もらった台詞だっけ? たまに父さんが口走ってるけど。 「だから十貴。うちにも一人買ってこようよー。妹が欲しいよー」 「そんなの、父さんに言いなよ」 っていうか、さっき在庫切れって言ったばっかりじゃない。今頃探しに行ったって、どこも売り切れだと思うよ。 「司令はボトムズに掛かりっきりだから相手にしてくれないんだよー」 「じゃあ無理。諦めなよ」 趣味に全力投球してる時の父さんは、家が火事になってもきっと気付かない。玩具ライターだから仕事に集中するのは良いことなんだけど、端から見てると黙々と遊んでるようにしか見えないのが最大の欠点だったりする。 「なんだよ。妹欲しいなー。妹ー」 ジルがそんなことをブツブツ言ってると、部屋の窓が唐突に開け放たれた。 「十貴ーっ!」 入ってきたのは、いつも通りに静姉だった。 「ん、どうしたの? 静姉」 何だか物凄く上機嫌だ。ボクで着せ替え人形ごっこする時でも、ここまで機嫌は良くない気がする。 何だろう。 すごく、嫌な予感が……。 「ほら、おいで!」 静姉はボクの不安なんか知らんぷりで、外に向かって声なんか掛けている。 誰だろう。友達を連れてくるなら、普通に玄関から連れてくると…… 「あーっ!」 思いかけたボクの思考を、ジルの叫び声が一気に吹っ飛ばした。 「あ! 買ってきたんだ!」 静姉に連れられて入ってきたのは、真っ白な武装神姫だった。小さなレースをあしらった可愛らしいワンピースを着て、ふよふよと頼りなげに浮かんでる飛行タイプの機体は、天使型のアーンヴァルだ。 起動したばかりで、まだ見るもの全てが珍しいんだろう。ボクの部屋に入った後も、きょろきょろを辺りを見回している。 「日暮さんとこに入荷情報があったから、お姉ちゃんと昨日の晩から並んだわよー。ほら、挨拶して!」 徹夜明けで底抜けにハイテンションな静姉の言葉に、アーンヴァルはぺこりと頭を下げた。 「えっと、アーンヴァルの花姫って言います。どうぞ、よろしくお願いします」 ちょっと舌っ足らずな喋り方が、随分と可愛らしい。この間の大会で見たアーンヴァルは、みんなもっと凛とした、お姉さんっぽい感じだったけど。 「ボクは鋼月十貴。よろしくね、花姫」 「……十貴さま?」 うわぁ。 普通の神姫は名前にさま、なんて付けるんだ。 「ふ、普通に十貴でいいよ。それと、こっちはうちのジル。仲良くしてあげて」 そうは言ったけど……大丈夫かな、ジルのやつ。この間のテストバトルでアーンヴァルにボロ負けした事、気にしてなきゃ良いけど。 花姫は気が弱そうだし、いきなりガン付けて泣かせるような事だけはしないで欲しい。 「よろしくね、ジル」 「ジルさん、っておっしゃるんですか?」 同じ神姫相手にもさん付け……。 なんか花姫見てると、今までジルで培ってきた神姫に対しての感覚が、かなりズレてるような気がしてくる。 「そうだよ。あたしのことは、お姉様って呼びな!」 ありゃ。怒るどころか、偉そうに胸なんか張ってるよ。これなら花姫を泣かせるようなこともしないっぽいな。 ……でもいくら何でも、お姉様はどうだろう。 「ちょっとジル?」 「……ダメ?」 さすがの静姉も、ジルのお姉様発言に苦笑気味だ。 「お姉ちゃん、なら許してあげる」 ……あ。それならいいんだ。 「じゃそれでひとつっ!」 「はい、お姉ちゃん」 「う……」 そう呼ばれた瞬間、ジルの動きがぴたりと止まった。 「な、なあ、静香。このコ、あたしがもらっちゃダメ?」 おいおいおいおいおい。 「ダメよー。花姫はウチの子だもん。ね、花姫ー?」 「ねー?」 満面の笑みで花姫の顔を覗き込んだ静姉にオウム返しで答えながら、花姫も静香を真似して首を傾けてる。 「花姫は妹なんだから、ジルもヒドいことしちゃダメだよ?」 まあ、さっきの様子じゃ、しそうにないけど。 「当たり前だろ! バトルと花姫は別扱いだよ。なー?」 「なー?」 今度はジルの真似っこだ。 ああもう、可愛いなぁ。 花姫を中心にみんなで遊んで、あっという間に日が暮れて。 「それじゃ、また来るわねー」 静姉の帰りは来た時と同じ窓からだ。傍らにはふわふわと浮かんでる花姫がいる。 飛び方の練習も少ししたから、来た時ほど危なっかしい感じはしない。 「花姫ー。帰ったら、あなたの新しいお洋服作ってあげるからねー」 「ほんとですかっ!」 花姫は神姫というその名の通り、本当に女の子らしい性格の子だった。殊に静香お手製のワンピースがお気に入りみたいで、ジルが飛行ユニットを貸して欲しいと聞いた時も、「ユニットはいいけど服はダメです」って言うほどだったりする。 「だから、どんなのがいいか一緒に決めようねー」 静姉も自分が作った服を喜んで着てくれる子がいるのが嬉しいらしくて、今日は本当に、ほんっとーーーに珍しく、ボクに服の話題を振ってくる事が無かった。 「それじゃ、お休み。静姉」 「じゃねー」 窓が閉まって、静姉が瓦の上を歩いていく音が少しして。 静姉が自分の部屋に入ってしまえば、賑やかだったボクの部屋もしんと静かになる。 「なぁ、十貴」 そんな中でぽつりと呟いたのは、ジルだった。 「花姫、可愛かったなぁ」 「そうだねぇ」 まあ、今日いちばん花姫を可愛いって言ってたのは、当のジルだった気がするけど。 「あのさ」 可愛くてたまらない妹分が帰ってしまって寂しいのか、ジルに何となく元気がない。 「んー?」 ボクは出しっぱなしになっていたゲーム機を片付けながら、ジルの言葉に返事を投げる。 「テストが終わって、あたしが正式に十貴のモノになったら……さ」 「うん?」 バトルサービスの本サービスが年明けから年度末に延びたこともあって、ジル達のモニター期間は最初の予定からもう少し長くなっていた。 バトルサービスがサービスインしてから半年。 それが過ぎればモニターは終わり、ジルは正式にボクの神姫になる。 二人の関係は何も変わらないだろうけど、心情的にはちょっと良い気分だ。 「あたしのCSC抜いて、花姫の使ってるセットに差し替えてもいいぜ?」 ぽつりと呟いたその言葉に、ボクは片付けようとしていた筐体を取り落としそうになった。 「あたしだって、自分がガサツな事くらい分かってんだよ。けど、あんな可愛い子に生まれ変われるんなら……」 ボクはため息を一つ吐いて、筐体を棚に片付ける。 「……バカ言わないの」 神姫のコアユニットと素体、そしてCSCは不可分だ。三つのパーツにジルの個性は等しく宿る。 即ち、三つが揃ってこそのジル。どれが欠けても、ジルはジルでなくなってしまう。 「ジルはジルだよ。そんな事するくらいなら、もう一体神姫買ってくるって」 花姫は確かに可愛いけど、ジルと引き換えに手に入れるものじゃ、決してない。 迎えるなら、ボクとジル、二人でないと。 「金もないのに?」 そんなことは分かってる。 「高校生になれば、バイトも始められるから」 武装神姫のロードマップに照らし合わせれば、ボクが高校生になった頃には、第二期モデルのハウリンやマオチャオ、ヴァッフェバニーも発売になっているはず。 高校なんてまだまだ先の話だけど……ジルの妹の選択肢が増えるって意味じゃ、悪いことだけじゃないと思う。 「なんだよ。学生のウチから神姫破産かぁ?」 皮肉めいた調子で、へらりと笑う。 言葉の意味は分からなかったけど、よかった、いつものジルの喋り方だ。 「引き込んどいて、良く言うよ」 まあ、それも悪くない。 「……十貴」 「何?」 「あんたが主人で、良かったよ」 いつになく本気なジルの言葉。 「ボクもジルが神姫で……良かったよ」 それはあまりに突然で、驚いたボクは言葉を詰まらせる。 「……ンだぁ? 今の間は」 けど、それがマズかった。 「いや、それは……っ!」 「ホントは花姫みたいな可愛い子が良かったなーとか思ってるんじゃねえだろうな! あたしみたいに尻に敷いたりしないだろうしさ」 ボクの肩にひょいと飛び乗り、耳元でがなり立てる。 「そんな、思ってないって! いたたたたた!」 って、耳ひっぱらないで、耳ーっ! 「正直に言え。今なら思ってても許してやる。あたしゃ本日限定で、すっげー心が広いんだ。な?」 いや、ジル、心が広い人は耳とか髪とかひっぱらないと思うよって痛いってば。いーたーいーーー! 「……ごめん。花姫みたいな神姫なら、もう一体欲しいなとは思ってた」 「オーケー。そいつはあたしも同感だ」 ぱっと手を離し、ジルはボクの肩で満足そうに笑ってる。もう、乱暴なんだから。 まあ、ずっと塞ぎ込んでるよりはマシか。 「でも、ボクとジルが一緒になれたのも何かの縁だよ。ジルが思ってるような事は、するつもりないから」 それだけは本当だった。 ジルのCSCを抜いて花姫にしようだなんて、思いつきもしなかったんだから。 「頼むぜ。これからもヨロシクな、マイマスター」 「うん。今後ともよろしく、ジル」 その日、ボクは本当の意味でジルにマスターって認められたんだけど……。 それに気付くのは、もう少し経ってからになる。 戻る/トップ/続く
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2118.html
ウサギのナミダ ACT 1-7 □ 翌日の日曜日、俺はやはり迷いながらも、ゲーセンに向かった。 井山と会って話をするためだ。 奴に会って話をしないことには、状況は何も進展しない。 ティアは渡せないが、雑誌にティアのあんな画像を載せることはやめさせなくてはならなかった。 井山と連絡を取ろうと思ったが、奴とは昨日のゲーセンで会ったのが初対面だった。 結局、俺はゲームセンターに行かなくては、井山と話も出来ないことに気が付いた。 念のため、ティアはおいてきた。 正直、ティアの落ち込みようは心配だった。一緒にいてやりたい。 だが、連れていって、またティアが傷つく姿を見るのも嫌だったし、井山に無理矢理奪い取られないとも限らない。 店の連中が来ていたら、それこそ無理矢理に奪われるだろう。 だから、俺一人で来ることにした。 俺はゲーセンに入ると、まっすぐに武装神姫のコーナーに向かう。 俺の姿を認めて、店内が少しざわめいた。 かまうものか。 店に来なければ、果たせない用事なのだから仕方がない。 大城が俺の姿に気がついて、すぐに寄ってきた。 「おい、遠野……しばらく来るなって……」 「井山は来ているか?」 大城の言葉を遮って尋ねる。 奴の名を聞いて、大城も理解したようだ。 「いや……まだ来ていないな……」 「昨日は来ていたか?」 「来た。お前が帰った後にな」 「じゃあ、今日も来るだろう……少し待つか」 「いや、待つって、お前よぅ……」 大城が口ごもる理由はよくわかっている。 そうでなくても、俺に向けられた視線は痛いほどに感じられる。 俺はよほど歓迎されていないらしい。 「井山とは、ゲーセンで会う以外に連絡の取りようがない。バトルするわけじゃないんだ。大目に見てもくれてもいいだろ」 「だけどよ……」 「どのツラ下げて、店に来た? 黒兎よ」 ハウリン・タイプの神姫を肩に乗せた男が、割り込んできた。 「ヘルハウンドの……」 「お前は出入り禁止のはずだろう」 「奴に……井山に話があって、」 「帰れよ。お前がいるのが、迷惑なんだ。そう言わないとわからないか?」 ヘルハウンドのマスターには取り付く島もない。 俺は急に悲しくなってきた。 ついこの間まで、バトルをしようと誘ってくれた奴だったのに。 こんなにすぐに、手のひら返したように、冷たい態度がとれるものなのか? あんたは、俺達の戦いの何を見てきたんだよ? 俺が一瞬、物思いに沈み、気がついたときには、バトルロンドのコーナーに来ているほとんどの客が俺に向かって罵声を投げていた。 「そうだ、帰れ帰れ!」 「お前なんかにバトルする資格はねぇ!」 「お前の汚れた神姫もだ!」 「迷惑なんだよなぁ、風俗の神姫の仲間と思われるのはさぁ」 「ていうか、ここに来ないで、風俗にでも行ってろよ」 「もう二度と来るな!」 こんな罵声を浴びせられる理由がわからない。 納得が行かない。 それでも、俺は叫び出したい言葉を飲み込んだ。 罵声を、甘んじて受けた。 そうしなければ、すべての道が閉ざされてしまうと思った。 拳を固く固く握りしめ、歯を食いしばって耐える。 俺は意志を振り絞って、固まってしまっていた両脚を引き抜くようにして、いまだ口汚く罵り続ける連中に背を向けた。 脇にいた大城に、 「奴が来たら、電話くれ。頼む」 「あ、あぁ……」 大城は頷いてくれたらしい。 今の一言を言うだけでも、重い口を懸命に開く必要があった。 俺はやっとのことで、ゆっくりと店の出口へと歩み始めた。 聞こえた言葉。 「あんな精液まみれのエロ神姫、使う気が知れねぇよなぁ!」 どっと、受ける気配。 俺の中でなにかが。 切れる、音がした。 怒りとか、悲しみとか、そう言う気持ちを踏みつぶして通り過ぎた、行きすぎた負の感情。 それが、心の奥から、どばっと噴出した。 真っ黒い感情は、タールのように粘液質なのに、あっと言う間に俺の心を塗りつぶした。 俺は身を翻すと、先ほどの言葉を発した一団に飛び込もうとした、らしい。 それが未遂で終わったのは、大慌てで後ろから追いすがった大城が、羽交い締めにしてくれたからだった。 「はなせっ! 大城、はなせぇっ!!」 「バカ、やめろ、遠野! やめろって!!」 押さえてくれた大城の腕から逃れようともがいた。 しかし、頭一つ分背が高くて体格もいい大城に、かなうはずもない。 身体はあきらめたが、心は前に出ている。 俺は今にも飛びかかりそうになりながら、先ほど笑った連中を睨みつけた。 視線で人を殴れたらいいと、本気で思った。 「ふざけるなよ……!!」 低く暗く、震え、かすれた声。呪いを吐き出しているような声。 「神姫は……! 神姫はマスターを選べないだろうが!! 神姫に身体売らせて金を稼いでいる奴も、金で神姫を汚して悦んでいる連中も、みんな人間じゃないか!! マスターが命令すれば、神姫は嫌でも、どんなことでもしなくちゃならない。 神姫に何の罪がある!? 何度も何度も心を引き裂かれるような思いをして……傷ついているのは神姫だ! それなのになんだよ!? 追い打ちをかけるみたいに、勢いで罵声を浴びせて、おもしろ半分にあざ笑って…… お前ら、それでも人間か!? それが人間のすることかっ!!!」 口にしてはじめてわかった。 俺が許せなかったのは、俺たちがバトルできなくなることでも、俺が痛い思いをすることでもない。 ティアを無神経に傷つける行為が許せなかったんだ。 その場にいた誰もが口をつぐんでいた。 俺はさらに言葉を重ねたかったが、うまく口から出てこない。 心の底からマグマが吹き出すように煮え立っているのに、表層の意識は、いまの言葉を放ったところで、奇妙に冷静になっていた。 そうだ。こんな連中は人間じゃない。 ならば、ここは俺のいる場所じゃない。 俺が異物であるのも当然だ。 俺の身体から急速に力が抜けた。 大城の腕を振り払い、うつむきながら立つ。 「もう、二度と来ない」 吐き捨てるように言って、俺はきびすを返した。 さっきまで脚を動かすのに苦労したのが嘘のようだ。 俺はしっかりとした足取りで、足早に出口へと向かった。 一刻も早く、この店から出たかった。 未練さえ、欠片も残っていない。 もうこの店でバトルする事もない、という感傷さえ思い浮かばず、俺は自らの意志で、この店との関わりを切り捨てた。 それで、自らの夢が絶たれるのだとしても。 俺が店から出ると、三人の男がこちらに向かってくる姿が目に入った。 冷えていた俺の心の水面が瞬時に沸騰した。 俺はその男たちに駆け寄ると、真ん中の太った男の胸ぐらを掴みあげた。 「井山……っ!」 「おや、君は……ひゃはっ、どうしたんだい? そんなに怖い顔しちゃって」 おどけたような口調で言う。 からかっているのか。 こっちが完全に喧嘩腰だというのに、奴は全く動じていない。 「貴様……どういうつもりだ……」 「ん? なにが?」 「ティアの……あんな姿の画像を雑誌に載せるようにし向けたのは、貴様だろうっ……!」 「ああ、君も見てくれたんだ? よく撮れてただろ? アケミちゃんのエロエロな格好がさぁ」 こいつは自分がティアの画像を提供したことを否定さえしない。 まったく悪びれていないのだ。 俺は、井山の胸ぐらを掴む手に、さらに力を込めた。 井山の取り巻きの二人は、最初は俺の出現に驚いていたようだったが、井山が俺に絡まれていても、止めようともせずにニヤニヤ笑っているだけだった。 「よくも……自分がオーナーになりたい神姫の……あんな画像を……公表できるもんだな……」 「あんな画像も何も……アケミちゃんは、はじめからああいう神姫だろ?」 「貴様はっ……! 神姫の気持ちを考えたことがあるのかっ!?」 「神姫の気持ち?」 井山はさも不思議そうに首を傾げ、そして、こうのたまった。 「そんなの、考えるわけないじゃん、おもちゃの気持ちなんてさぁ! そんなこと考える方がおかしいんじゃないの?」 「な……」 「アケミちゃんは、ああいうことをされるために生まれてきた神姫なんだよ。そういう運命なんだよ。だから、無理矢理バトルロンドで戦わされるより、ボクに奉仕している方がよっぽど似合ってるよ」 「なにが……運命だっ……!」 俺は頭がおかしくなりそうだった。 俺が今まで出会ってきた武装神姫のオーナーたちは、程度の差こそあったが、誰もが神姫をパートナーとして大切にしていた。 だが、こいつは何だ。 平気な顔で神姫にひどいことができる。そして、神姫はそうされることが当然だなんて……そんな奴が神姫のオーナーであっていいのか。 「だからさぁ、さっさとアケミちゃんを譲りなよ」 「なにを……」 「だって君、いまバトルロンドできないだろう? アケミちゃんみたいな神姫じゃ、誰もバトルしたくないよね」 「……」 「君の好きな神姫を買って、アケミちゃんと交換してあげるよ。そしたら、君はバトルロンドにまた参加できる。ボクはアケミちゃんとイイコトできる。それが一番いいんじゃない?」 その話に一瞬でも心が揺れなかったと言えば、嘘になる。 このままじゃ、俺達は前にも後ろにも進めない。 だが、しかし。 「貴様……ティアを……手に入れたらどうするつもりだって……?」 「決まってるじゃないか。可愛がるんだよ! 雑誌の記事みたいなことをしてさ、毎日毎日、こってりとね。ひゃはははは!」 「そんなことをしたら、ティアは苦しむばかりじゃないか!」 「あったりまえじゃないか。アケミちゃんはさぁ、苦しんでる姿が一番可愛いんだよ。そういう神姫なんだよ、こってり可愛がられるために、生まれてきたのさ、きっと」 話が通じていない。 俺とこいつの話は、根本から食い違っている。 神姫が苦しむ姿が、一番可愛いだと……? 「……ふざけるなっ!」 俺は井山を突き飛ばした 俺の乱暴な行為も意に解せず、奴は余裕の態度を崩さない。 「貴様の様な奴に……ティアを渡せるもんかよ!!」 「ふふん、そう言っていられるのも今のうちさ」 「……なにを」 「あの雑誌の編集者がさぁ、ボクが持ち込んだ企画、気に入ちゃってねぇ。 また、今週発売の号で、載るよ。今度はもっとエロいのがね!」 なんだと。 こいつは、この間のだけでは飽きたらず、まだティアを貶めようと言うのか。 「やめろ……これ以上、ティアを傷つけるな、苦しめるなっ!!」 「やだね。これからもまだまだ載るよ? そうしたらそのうち、アケミちゃんでバトロンどころか、連れて歩くこともできなくなるよね! ひゃはははは!」 「そんなの、お前だって同じだろ」 「ボクはいいんだよ。だって、アケミちゃんを外になんか連れ出さないで、ずっとボクの部屋で、こってりと可愛がるんだからね」 俺の脳裏に、ティアの顔が思い浮かんだ。 あの時。はじめて公園に連れていったあの日。 ティアはその広さ、明るさに驚いていた。 はじめてレッグパーツを装着して、公園で走ったとき。 ティアはとても嬉しそうに笑っていた。 笑っていたんだ。 それを奪われるのか。 こいつの元に行ったら、ティアは二度と外の風を感じることもなく、薄暗い部屋の中で、ただ怯え、苦しみ、泣き叫び、心が磨耗していくだけの日々を送るっていうのか。 そんなことは、どうしたって……許せるはずがない! 「渡さない……どんなことがあっても、ティアは決して渡さない!」 「いいや、いずれきっと、君はボクに泣きついて来るさ。だってバトルもできなきゃ、外に連れ出すこともできなくなるんだからね! ひゃははは!!」 井山の高笑いに、俺はせめて睨みつけることで、反抗するしかなかった。 正直、奴の話には現実味があった。 ティアを俺の神姫として活動する方法を、今の俺にはまったく思いつかない。 俺はまた、拳を強く握りしめ、耐えるほかにはなかった。 「そうそうこれ……」 井山はポケットから一枚の紙片を取り出し、俺に差し出した。 「ボクの連絡先だよ。アケミちゃんの件なら、いつでも連絡していいからさぁ」 俺の目の前にいる三人が大笑いした。 俺は……どうすることもできなかった。 無力だった。 この連中のいやらしい笑い声すら止めることはかなわない。 せめてできることは、井山が差し出した名刺をたたき落とし、走ってその場から逃げ出すことくらいだった。 後ろから井山が何事か言ったようだったが、よく聞き取れなかった。 情けなかった。悔しくて、頭に来てもいたが、結局何もできない自分が一番腹立たしい。 あんな奴に好き放題言わせて、それでも何もできずに見ているしかない俺は……なんと情けない男なのだろう。 裏通りの路地。 俺はいつしか立ち止まっていた。 「お、お、おおおおおおぉぉっ!!」 吠えていた。 負け犬の遠吠えだ。 吠えながら俺は、路地の薄汚れた壁に、拳を叩きつけた。何度も何度も、力一杯叩きつけた。 やり場のない負の感情を、壁に向かってぶつけていた。 なんだか、殴りつけている壁に赤い染みが出来はじめた。 叩いている右の拳の感覚がない。 時々、手の指あたりから、鈍く嫌な音が聞こえた。 だが、無視した。 俺は壁を叩くのをやめなかった。 ただひたすらに、その行為に没頭していた。 いつまでそうしていただろう。 「っておい!? 遠野!! おまえ、ちょ……なにやってんだ!!」 野太い大声が俺を呼ぶ。 そして、ひたすらに動かしていた右腕を、力任せに掴んできた。 「はなせ!! 大城っ!」 「バカ!! 手が血塗れじゃねぇか!! いてえんだろうが!」 「こんな痛み、ティアが受けた痛みと比べようがないっ!!」 それでも大城は、俺の右腕をがっちりと掴んで、放さないでいてくれた。 「遠野、お前……」 「それでも……おれは……ティアの痛みを分かちあってやることさえ出来ない……あいつの涙を、止めてやることさえ出来ない……おれは……おれは……っ!!」 もう言葉にならなかった。 俺は狂ったように慟哭した。 次へ> トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/719.html
第4話 新しい家族 比較的早い時間に夕食を取ったので、小腹が空いた俺は買い物へと出かけた。 最近、俺が買い物とかで出かけると、アールがついてきたがるようになった。 今日も、アールが一緒だ。 丁度、俺の半歩くらい前の目の高さぐらいを、歩く速度に合わせて飛んでいる。 「なぁ、何がそんなに楽しいんだ?」 「マスターと出かけるのが楽しいんですよぉ~」 「食い物買いに行くだけだぞ?」 「それでもいいんです」 「そんなもんかねぇ」 「そんなもんです」 そんなやり取りをしていると、アールが空中で停止した。 「マスター! あれ!」 「ん?」 アールの指差す方を見ると黒い物体が落ちている。 「おい! あれって」 はっきりとは見えなかったが、その物体が何か直感的に分かった。 そして、その答えが間違いであってほしいと思いながら走る。 その場所に到着したが、残念なことに間違いではなかった。 「マスター……」 アールが泣きそうな顔で俺とその物を交互に見ている。 そこに落ちていたものとは、両腕、右足首、左膝から下の無い黒い人形。 特徴である長い髪も右側が引きちぎられ、身体中傷だらけになっていた。 間違いなく、ストラーフという武装神姫だった。 「……ん……あ」 ストラーフが呻き声を出した。 バッテリーがまだあり、AIが動作している。つまり、この子はまだ生きている。 俺はストラーフをやさしく手に持ち、アールのほうを向いた。 「今、何時だ!」 「9時43分です」 アールが即答する。あと17分。 「間に合ってくれよ!」 俺はアールを買ったおもちゃ屋へ走り出した。 俺は走った。当初の目的地のコンビニを通過し、なおも全速力で。 「マスター! あと13分」 横を俺と同じ速さで飛ぶアールが叫ぶ。 大通りの交差点で運悪く信号につかまった。 「はぁはぁはぁ、間に合いそうだな」 ここまで休みなしに走ってきた俺は電柱にもたれかかった。 「マスター、大丈夫ですか?」 「ああ…平気平気…」 そうアールに言ったが、正直バテバテだ。 (日頃の運動不足がひびいてるよなぁ。) そんなことを思っていると信号が変わりまた走り出す。 そして、目的地のおもちゃ屋が見えてきたが、手前の踏み切りが鳴り出した。 「くそぉ!」 俺は速度を上げ、降りてくる遮断機を睨む。 到着したとき、遮断機が完全に降りてしまった。 遮断機を掴み、くぐろうと屈む。 「マスター!! だめぇぇ!!!」 アールの悲鳴に似た絶叫が響き、俺は手を離した。 「マスター、無茶しないで……お願い」 飛んできてそのまま抱きついたアール。俺の服に顔をうずめて見せないようにしていたが確かに泣いていた。 「わかったよ…」 遮断機が上がるまで俺はアールの頭を撫で続けた。 それからはアールを落ち着かせながら、歩いて向かっていった。 店に到着したのは、9時55分。間に合った。 俺はカウンターの方へ行き、ストラーフを置いた。 昔の町工場の頑固職人のような店主がそこに居た。 「こいつを助けてやってくれ」 店主はストラーフの姿を見て驚いた様子だ。 「いったい何をした」 「何って? 俺のじゃない、拾ったんだ」 「拾った?」 「ああ。とにかく、こいつのAIは生きてるんだ。なんとかしてくれ」 「ん~、そういってもなぁ」 店主はストラーフを調べるように見ている。 それから店主はしばらく考えて俺のほうを見た。 「まあ、やるだけのことはやってやる。連絡先をここに」 そういって書類を差し出す。俺は記入を済ませてもう一度たのむと頭を下げた。 俺は、帰り道でいろいろと考えていた。 「俺は正しいことをしたんだろうか……」 「……正しいですよ」 俺の独り言がきこえたのだろう。アールが俺の頭の後ろからやさしく抱きしめてきた。 「………やさしいですもん……そんなマスターが………大好きです……」 「ん? 何か言ったか?」 しっかりと聞こえていたが、何か恥ずかしくなってそう言ってみた。 「い、いえ! べつに何も」 アールは慌てて俺の頭から離れた。 数日後、連絡がありおもちゃ屋まで出かけた。 「ほれ、これだ」 そう言って店主が取り出したものは、神姫の収められたケース。 「これって?」 「知り合いに破損した神姫を直す達人が居て、みせみたがたんだが、あのボディ破損がひどくて修理は出来ないといわれた」 「じゃぁ……」 (助けられなかったのか) がっくりと肩を落とす。 「勘違いするな、AIから取り出した情報はこっちに移してある」 「え?」 「ボディは新品だが、記憶は受け継いでいる」 「そうか、よかった……」 ほっとして、緊張がとける。 「お前さんの真剣な顔をみて、幸せに出来るだろうと思ってな。お前さんのことを説明したら、何も言わずデータ移植をしてくれた、といわけさ」 「ありがとう」 俺は深々と頭を下げた。 「それで、これも持っていけ」 ストラーフの武装セットを神姫ケースの横に置く店主。 店主は素体分の料金でいいといったが、俺は武装を含めた正式料金を置いて店を出ようとしたら、店主が呼び止めた。 「忘れものだ、持って帰れ」 そういって何かを投げてよこした。 俺はそれを掴み、見てみると、壊れたあのストラーフだった。 帰り道で考えていた。 こいつがあの日、あそこに居た理由を。 一人で出歩いて事故にあった、どこからか盗まれて部品を取られた…… いくつもの仮説を立てたが、もう一人の俺が即座に否定する。 そして、もう一人の俺が囁きかけてくる。 (ひとつだけ納得のいく説があるだろう) 俺は、それだけは考えないようにしていた。しかし、何度考えても最後にはそこへたどり着く。 『愛すべき主人に捨てられた』 そうだとしたら、こいつが起動後最初に感じるのは、捨てられた時の思い出。 その時の記憶が甦り、どうなるのか分からない。そして、それを見たアールはどう思うのだろう。 俺の頭に、笑顔のアール、怒りながらも照れているアール、泣き笑いのアール… アールの顔が浮かんでは消えていった。しかもほとんどが笑っていた。 「……アール」 俺は、家で、アールの前でこいつの起動は出来ないと思い、近くの公園へと向かった。 公園のベンチに神姫ケースを開ける。そしてストラーフを取り出し、ベンチの上に寝かせる。 「さて、どうなるか」 しばらくすると、ストラーフがゆっくり目をあける。焦点の合っていないぼんやりした顔から序々に覚醒していく。 「いやぁぁぁ!! ごめんなさい! ごめんなさい! ゆるしてください!」 覚醒するとストラーフはうずくまり、絶叫した。 (やはり……) そう思った俺は、やさしくストラーフを手で包み、持ち上げた。 「ごめんなさい! ごめんなさい!」 それでも、ストラーフは叫び暴れる。 「大丈夫だ! もう心配ない!」 ストラーフの叫び声に負けないくらいの大声でストラーフに言い聞かせた。 「……あ」 俺の声が主人と違うと分かったのだろうか、ストラーフは落ち着いたようだ。 「さて、少し話を聞かせてくれるといいんだが、大丈夫か?」 ストラーフはコクンとうなずいた。 「言いにくいかもしれないが、自分がどうなったか覚えてるか?」 「あたいは……捨てられた」 「そうか……理由は?」 「バトルの成績が良くなくて、性能の悪いのはいらないって」 「そうか……」 しばらくストラーフの話を聞いて分かったことは、前の主人は神姫バトルを徹底して研究していたこと。 たとえ勝ったとしても、それが当然で言葉をかけてもらったことが無いこと。 そして、神姫を道具としか見ていないこと。 俺は、無性に腹が立ったがなんとか怒りを静めた。 「いいか、昔の辛いことは忘れろ。今からこの俺がお前の主人だ」 「え?」 ストラーフがびっくりしたようにこっちを見た。 「もうバトルとか、そういうことは考えなくていいってこと」 ストラーフにニッコリと笑う俺。 「家にも、バトルが嫌いでダンス好きなのが居るからさ。紹介するよ」 そういって、ストラーフを持ち上げ家へ向かった。 家に着くまでに、ストラーフには昔のことをアールに話さないでくれと頼んでおいた。 「おかえりなさい」 家に着くとアールが出迎える。 「ただいま。えっと、この子がアール。君のお姉さんだ」 「……お姉さん」 「そう、同じ店で買ったんだ。本当の意味での姉妹ではないが、姉妹といってもいいだろう」 ストラーフを降ろすと、アールが抱きついた。 「よろしくね。マスター、この子の名前はなんですか?」 「ああ、そういやそうだな。名前を教えてくれるか?」 「名前?」 ストラーフはアールと俺を交互に見る。 「前の主人はつけてなかったのか?」 どういう主人か知っていたが聞いてみた。たぶん名前などつけていないだろう。 「はい……」 ストラーフは俯いてしまった。 「マスター」 アールも心配そうに俺を見る。 「んじゃ、せっかくだし、アールの時のように自分でつけてもらおうか」 「そうですね」 二人してストラーフのほうを見る。 「えっと……その……あたいの名前は……」 ん?と身を乗り出すアールと俺。 「アール姉さんの妹だから……アールの対になる文字……エル、あたいの名前はエル」 「そうか、エルか」 「よろしく~エルちゃん」 こうして、俺の家族が一人増えた。 「はい、こう、ワン、トゥー、スリー」 「えっと、ととと、あっ」 机の上では、アールがエルにダンスのレッスン中だ。 エルが家に来て、しばらくたった。 家に来たてのころは沈んだ表情をしがちだったエルも、いまでは明るくなりアールと一緒に踊るようになった。 俺は、そんな光景を微笑ましく思いながら、なにげなしにTVのチャンネルを変えた。 その時は、俺もアールもエルもまだ気づいていない。運命のスイッチを押したことを。 なにげない普段のニュースがしばらく流れていたかと思うと話題が変わり、中継現場の映像に切り替わる。 『はい! 私は今、大人気の”武装神姫”そのバトル大会の会場に来ています』 どうやら、神姫の話題らしい。そういえば、大きな大会の予選だか何かがあったような気がする。 俺はそんなことを思いながら、ちらっとアールとエル二人の方をみた。二人とも背中をこちらに向けてダンス中だった。 二人にとって微妙な話題だから、嫌がる素振りをしたら変えるつもりだったがそのまま見続けた。 『さて、参加者にインタビューしてみましょう。こんにちわ! あなたの神姫、強そうですね』 『もちろんです。ありとあらゆる研究をしてパーツを組み込んだんですから』 レポーターに、どこから見ても金持ちのぼっちゃま風の男が答えた。 歳は俺より下っぽいなと、見ているとアールの悲鳴が響く。 「マスター! エルちゃんが!」 あわてて机に駆け寄ると、エルが膝立ちになり、両手で耳を塞ぐようにしてガクガク振るえていた。 「どうした?! エル!」 「あ……ああ……」 俺はエルを抱き上げて優しく撫でてやる。 「マスター…」 「大丈夫か?」 「マスター、ごめんなさい」 エルが俺の手の中で謝る。 TVには以前としてあの男と神姫の映像が映し出されている。 「マスター……」 アールが俺を見ている。アールには、エルが落ちてた理由を、俺からなるべくやわらかく伝えてあった。 アールはピンときたんだろう。俺も多分同じ結果を導き出して、エルを降ろす。 「エル……あいつがそうなのか?」 「はい、あたいの前のマスターです……」 そう答えたエルにアールが抱きついてやさしく撫でている。 実際に見て、エルから前の主人の話を聞いたときの感情がふつふつと湧きあがってきた。 「なぁ、エル。お前の力であいつ、ぶっ倒してみないか?」 「え? あたいが?」 「そうだ」 「でも、あたいじゃ…」 俺はエルの頭を撫でる。 「大丈夫。こっちは俺もアールも居る。三人でがんばろうぜ」 「うん! 私はバトルってあんまり好きじゃないけど、エルちゃんの為なら協力するから」 「マスター……姉さん…あたいがんばってみるよ」 「そうだ、その意気だ。あいつに、エルを捨てたこと後悔させてやろうぜ!」 「オー!」 アールが元気よく腕を上げて叫ぶ。 「ほら、エルちゃんも」 「オー」 アールに言われてエルも腕を上げて叫んだ。 「ただいま~。お~い買ってきたぞ~」 「おかえりなさいマスター」 「おかえり~マスター」 玄関まで出迎えた二人を抱き上げる。 「これがそう?」 エルが俺の足元に置かれた箱を見る。 「中古品だけどな」 ヴァーチャルバトルのインターフェイスを買いにいったのだが、新品は想像以上に高かったので型落ちの中古を買った。 「よし、それじゃあ早速使ってみるか。アールはサポートたのむ」 「はい」 自室に持ち込んでパソコンに接続した。 「よし。じゃあエルの武装するか」 「お願いします」 武装し終わるとエルの様子が変だ。 呼んでも返事しないし、動かない。 「エル?」 かるくつついてみると、やっと反応があった。 「よぉぉし! バトルだぜぇ!」 「え? エル?」 「おうよ! おもいっきりいくからたのむぜ!」 性格かわってるよなとか思いながらもインターフェイスに接続した。 それからが大変だった。 「突っ込みすぎた! 距離をとって!」 「マスター、右足負傷しました」 「直線でかわすと相手に読まれる」 「射撃は正確に、煙で相手を見失う!」 「右サブアーム可動不能になりました」 アールが現状を分析しながら俺が指示を出しているが、かなり苦戦していた。 ボロボロになりながらも、どうにか相手を倒して接続を切った。 「いやぁ、失敗失敗。ひさしぶりだから熱くなりすぎたぜ。はははっ」 ヴァーチャルバトルから戻ったエルはそう言いながらも、勝てたことに喜びを感じているようだ。 武装をはずすと、エルの性格が戻る。 「マスター、ごめんなさい。あたい、うまく戦えなかった……」 「いや、それはいいけどさ。性格かわってたよな」 「うまく言えないけど、武装をつけると、変なんだ」 「変?」 「うん、なんか戦うぞ~って感じになってああなるみたい」 「そっか、まぁなれればいいと思うよ」 「うん、あたいがんばるよ」 それから、猛特訓が始まった。俺の居ない昼間はアールとダンス練習、アールが操作するヴァーチャルバトル特訓。 ダンス練習は、アールがいままでも教えていて続けた方がいいといったからだ。 俺が帰ると、俺が指示を出してヴァーチャルバトルという生活を繰り返していた。 さらに幾日か過ぎた。 エルのヴァーチャルバトルもレベルもどんどん上がっていき、複数の敵とも対等に戦えるようになっていていた。 俺は、夜食を買いにコンビニへと向かっていた。アールも一緒だ。 エルは、昼間の特訓が激しくて、AIを休めるためにスリープモードに入っている。 「アールごめんな、しばらくかまってやれなくて」 「ううん、いいんです。私もエルちゃんにダンス教えるの楽しいですし」 歩きながらそんな話をしていたが、アールの顔はやはり寂しげだった。 「アール」 俺は立ち止まり、アールのほうを向く。 「はい?」 アールもこっちを向く。 「こんなことで埋め合わせっていうのも、何なんだけどさ……」 俺はアールをやさしく掴む。 「じっとしてて」 「はい……」 アールのヘッドギアを外すと、アールと初めてのキスをした。 そして、二人して顔を赤らめて、買い物をして家へ帰っていった 戻る 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2382.html
「……なんか、改めて向き合うと緊張するもんだな」 「そうですわね」 家に着き、俺とヒルダは自室で向かい合っていた。何故か正座で。 ヒルダは居間に置かれている座卓の上に座りながらこちらを見上げていた。 バイザー越しなので視線は感じ取れないが……ちょっとおびえているようにも見える。……無理もないか。自身の中の別人格を意識的に呼ぼうとしているんだから。 しかしまあ、あれだ。こうやってにらめっこを続けていても埒が明かない。 「……ヒルダ、頼む」 「はい、ですわ」 ヒルダがルナピエナガレットに手をかけ、ゆっくりと外す。 こちらを見据えた蒼い目は瞬きをした瞬間に紫水晶へとその色を変えた。 「……あら。ワタクシを貴方自ら呼びだすなんて、めずらしいですわね」 あきらかに居丈高な口調。そして高圧的な態度。 間違いなく、「裏」のヒルダだ。 「さて、一体何の用ですの? ワタクシを呼び出したのですから、理由があっての事ですわよね? 筐体のなかでないのならリアルファイトですの?」 「別に戦うために呼び出したわけじゃないさ。茶飲み話ぐらい付き合ってくれ。お前は俺のパートナーなんだからな」 ヒルダの物怖じしない態度にこちらも緊張が和らいだ。 正座が馬鹿らしくなり、崩しながら答える。 彼女は一瞬ぽかんとした。 「どういう風の吹きまわしですの?」 「……と言うと」 「戦いもないのにワタクシを呼び出すなんて、貴方らしくありませんわ」 「俺らしくないって……」 そもそも俺が望んでこいつにバトルに出てもらったことは一度もないのだが。まあそれはいい。 「俺がお前の存在を認知してからまあ半月ぐらいたつわけだが、表のヒルダと会話をしたことはあっても、お前とは滅多に、いや、全く話す機会なんてなかったからな。バトル中のお前は俺の話を聞かないし」 「ワタクシを扱うに足らぬマスターの言うことなど聞く耳持ちませんわ」 お前はあれか。高レベルか。ジムバッジが足らんのか。八つ目を手に入れないと言うことを聞いてくれないのか。 「それに。茶飲み話と言っておきながらお茶がないのはいかがなものですの?」 「……それもそうだな。淹れるか」 「ワタクシは紅茶がいいですわ」 「そんなハイカラなもん家にはねーよ」 緑茶で我慢しろ。 ◆◇◆ 「意外と美味しいですわね。粗茶ですけど」 「やかましいわ」 スーパーで買った一山いくらの茶葉でもうまく淹れればそこそこうまいものである。 一人暮らしを始めて約半年、慣れれば美味い茶を淹れることなど造作もない。 ヒルダは彼女用にと購入したプラスチックの湯呑を使って茶を啜る。 「……そう言えば神姫は飲み食いできるって愛に聞いてなんの疑いも持ってなかったが、いざ目の当たりにしてみると不思議だよな」 「一応、飲むことはできますわ。濾過されて冷却系に回されますの。固形物も摂取は可能ですが、色々と面倒なのであまりワタクシは好きではありませんわ」 「面倒、とは」 「分解に莫大なエネルギーが必要ですの。エネルギーを得るための行動にそれ以上のエネルギーをかけるのは不毛でしょう?」 それは道理。もともとは人とのコミュニケーション用として考案された機能らしいからな。実用性は皆無だろう。 「食事が趣味って神姫の話を聞いたことがあるが」 「味を感じることはできますもの。ワタクシ達のAIは人間に近い思考をとりますから、美味しいモノを食べて嬉しいと感じるのは当然ですわ」 「そりゃそうだな」 「……さて、ごちそうさまですわ。戦いがないならワタクシはこれで」 「おいおいおいちょっと待てコラ」 バイザーをはめてさっさと交代しようとするヒルダに俺は待ったをかける。 「何ですの?」 「茶を飲んだだけでもう変わる気かお前」 「……お代でも取る気ですの?」 「誰がそんなもん取るか」 うちに勝手に来て菓子漁って帰るどっかの馬鹿はそろそろ警察に突き出してもいいとは思うが。いやそうじゃなくて。 「お茶を頂いた。話をした。茶飲み話という条件はこれでクリアしていますわ」 「お前についての話をしようと思ってるのにお前がいなくなってどうするんだよ」 「ワタクシの話ですの? 茶飲み話と言ったのはそちらでしょう?」 「言葉の綾だ。本当に茶だけ飲んでどうする」 「ではさっさと本題に移りなさいな。ワタクシ、回りくどいのは嫌いですわ」 本題……ねえ。 俺はため息をつく。 いろいろ聞きたいことはあるが……とりあえず。 「お前はもう一人のヒルダの事を認識してるか?」 「もちろんですわ。彼女が表に出ているとき、私も意識はありますもの」 「……はっきりと意識があるのか?」 「いいえ。夢うつつといった感じですが」 これは表のヒルダと一緒か。まあこの程度は予測範囲内だな。 「初めて起動した日がいつかわかるか?」 「二〇三七年十一月十三日ですわ」 正解。つまり、表のヒルダが自我を持った瞬間、こいつも生まれたってことだ。……こりゃ単なるバグなんかじゃなさそうだな。 「初めて戦った相手は?」 「……さっきから何を言ってますの? 愛の持つアルトレーネに決まっているでしょう?」 そう。愛にそそのかされてイーダ・ストラダーレ型を購入し、その場で起動させられてすぐにバトルにもつれ込んだのだ。 バトル終盤、リーヴェの放ったゲイルスケイグルがヒルダの顔をかすめてバイザーが破損。そしてこいつは覚醒し、暴走した。 あの時の愛の唖然とした顔は写真に収めて送りつけてやりたいほど貴重なものだったが、あいにくその筐体の向かい側で俺も同じ顔をしていたに違いない。 そしてその時のリーヴェとヒルダの痴態の録画映像が、アングラで高値で取引されているとかいう噂を聞いたことがある。信じたくもない。 ……次の質問はこれにするか。 「何でお前は戦う神姫全員にセクハラしやがるんだ。今日で被害数が二十を突破したぞ」 「敗者は勝者にとっての供物でしかありませんわ。それをワタクシがどうしようとワタクシの勝手でしょう?」 「相手の感情は無視かよ。それじゃ立派な強姦だろうが」 「敗者は地べたをはいずり回って泣くのがお似合いですわ」 「それはお前個人の考えだもんでとくに言及はしないが、地べたに押し倒して鳴かせるのはいかがなもんかと」 「あら、うまいこと言いますわね」 「褒められても全く嬉しくねーよ」 そしてうまいこと言ったつもりでもねーよ。 「というかあれだ。何でセクハラばっかりしやがる」 「趣味ですわ」 「趣味て」 「他に大した趣味もありませんので」 「なんでだよ。探せばいくらでも見つかるだろうが」 「バトル以外で表に出ているのは『彼女』ですし」 「……それはそうだが」 確かに、今日初めてバトル以外で俺はこいつを呼び出した(呼び出したこと自体が今日初めてだが)。そういう意味では、俺はこいつをヒルダという檻の中に閉じ込めていたともいえる。 「……まあ、確かに。それは悪かった」 「別にかまいませんわ。ワタクシとしては、勝つことさえできればよいのですから」 「正直なところ、それはどうかと思うが」 「何故ですの? 武装神姫は戦うために生まれた存在。戦うことに意義を見出し、勝つことで価値が生まれるものですわ」 「戦うことは確かにお前たちの根幹をなすものだろうが、武装神姫は元々人間のパートナーとして生み出されたもんだろう。それについてはどうなんだ」 「そんなもの、ワタクシの知ったことではありませんわ」 「おいおい……」 つまり俺とコミュニケーションを取るつもりが皆無である、ということか。厄介な。 「なんでそんな俺を毛嫌いしくさる。神姫はマスターに対して絶対とはいわんが従うものなんじゃないのか」 「先ほどから申し上げています通り、ワタクシは貴方をマスターとして認識しておりませんので」 認められてねーってか、くそったれ。 まあ確かに、イーダ型の基本的な性格は高飛車なものだし、むしろヒルダの性格が本来のイーダ型のそれとずれていると言ってもいいから、元々こんなもんなのか? ……神姫オーナーとしての経験値が少ないせいか、よくわからん。 「じゃあどうすればお前は俺の言うことを聞くんだよ」 「未来永劫、ありえませんわ」 「歩み寄りの精神ぐらいみせろよ!」 「貴方がワタクシに適応なさいな」 くっそ、プリインストールされた性格とは言え、腹が立つな。 「では、お話はすみましたね? ではこれで。次は戦いの場でお会いしましょう」 「あ。てめ! こら!」 あわてて掴みかかったが、時すでに遅し。俺の右手のひらの中ではバイザーをつけたヒルダがびくりと肩を震わせて俺を見上げていた。 「マ……マス、ター?」 「……すまん、逃げられた」 ため息をつき、ヒルダを離してやる。ヒルダは俺の剣幕に心底おびえていたようだが、呼吸を整える。 「……くそったれ」 「……結局、どうでした? あの……『彼女』は」 「全く話を聞かなかったよ。なんとかしてあいつの手綱を握る方法を考えなきゃな」 茶をもう一杯淹れながら俺は呟く。ヒルダのにも淹れてやると、彼女がおそるおそる喋り出した。 「あの……マスター。差し出がましいようですが、提案があります」 「……提案?」 「はい。彼女に言うことを聞かせられるかもしれない方法です。かなり荒療治だとは思うのですが……」 バイザー越しに見上げてくる彼女の視線は、どこか決意めいたものを感じた。 俺はぐっ、と湯呑をあおると、彼女に言葉の続きを促した。 ◆◇◆ 「はああああああああっ!」 「くふっ、くふふふっ」 翌日、俺たちはゲームセンターへと足を運んでいた。 今回の対戦相手はリーヴェ。こちらから挑戦した形になる。 開始三分ですでにバイザーは壊れ、裏のヒルダが表出してリーヴェに襲いかかっていた。 ……まあ、今回は想定の範囲内なんだが。 一応、こちらから指示を出しているものの、ヒルダは全く従う気配がない。それでもその一挙手一投足は着実にリーヴェを追い詰めていく。 「く……流石ヒルダちゃん、間近で見れば見るほど感じるすさまじいまでの戦闘センスですよー!」 「御褒めにあずかり光栄ですわ。再び貴女を這いつくばらせて差し上げます!」 下から打ち上げられるエアロチャクラムを副腕に搭載したシールドで打ち払い、リーヴェは距離を置く。させじと突出するヒルダ。 しかしヒルダが自らの間合いにリーヴェを捉える前に、リーヴェはすでにシールドと大剣ジークリンデの柄の結合を終えていた。 シールドが展開。内部からエネルギーの刃があふれ出すと同時に、リーヴェはそれを投擲する――! 「――【ゲイルスケイグル】!」 副腕から豪速で放たれた槍は一直線にヒルダへと向かった。極至近距離で放たれたそれをヒルダは避けきるすべがない。 「!!」 「――くふふっ」 しかしそれをヒルダは素体にあたらないレベルの挙動で避けた。左のエアロチャクラムが接続パーツごと千切れ飛んだが、ヒルダの突進自体は止まらない。 ヒルダは右手首の袖を展開。リーヴェにアイアンクローを叩きこんだ。 途端にリーヴェの膝から力が抜け、地についてしまう。 「し、しま―っ」 「くふふふふっ。それでは頂きますわ――?」 ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ! ――Surrender B side. Winner Liebe. いつものように鳴り響いたサレンダー。 しかし、それによってジャッジシステムが告げた勝者の名はヒルダではなく。 「――え――」 ヒルダの身体が一瞬にして0と1へと分解され、空へと還っていく。 リーヴェはそれを見送り、呟いた。 「幸人ちゃん、ヒルダちゃんは手ごわいのですよー。頑張ってくださいねー」 ◆◇◆ 「……これでよかったわけ? 本当に」 向こう側の筐体でリーヴェを回収しながら愛は言った。 「大丈夫だろう。ヴァーチャル空間で裏ヒルダが現れても、ゲームが終わればその意識は自動的に封じられる。あとは根競べだ」 俺はヒルダを胸ポケットに入れて答える。 「ヒルダ、もう一人のお前の事何かわかるか?」 「……多分ですけど、すごい怒ってます」 だろうな。だけどこっちもそれが目的だし。 勝つことを至上とし、固執する裏ヒルダに手綱をつけるには、そのプライドを叩きつぶすほかない。 そのための方法としてヒルダが提案したのは、裏ヒルダが暴走しそうになった瞬間、俺がサレンダースイッチを押すことだった。 ……行き過ぎて暴走しないよう、調整は要るだろうが。 ヒルダの勝率も落ちるし、俺自身にはデメリットしかないが他に方法も思いつかない。行き当たりばったりの作戦であることはわかっているが……。 あれだ。裏ヒルダの手綱を握るための先行投資だと思おう。普通に勝つなら勝たせてやればいいんだし。 「さて、これが吉とでるか、凶とでるか……」 俺はため息をついて、再び筐体の前に座った。 幸い、対戦相手に関しては断った面子にこちらからメールを送ることで事欠かない。 もちろんこちらの作戦に関しては伝えて了承を取ってある。 あとは裏ヒルダが折れてくれるのを待つだけだ。 俺はそう思いながらヒルダをエントリーポッドへと送りこんだ。 進む 戻る トップへ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/100.html
第1話「事の発端」 「あ~、ご主人様遅いなぁ」 出窓から小雨の降る外を眺めながら、溜息をつく。 「ね~白ちゃん、ご主人様どうしたのかなぁ?」 クッションの上に寝そべりながらテレビを見ていた白ちゃんに声をかける。白ちゃんは 「ご主人様も仕事で遅くなることはあるって言っていたでしょ? 人間には色々面倒なことがあるの、あなたも分かってるでしょ?」 なんて、クールな事をいってたしなめてくる。でも白ちゃんもさっきから、車の音がするたびに玄関のほうをばっと向いて、玄関が開く音がしないかじっと耳をすませている。 やっぱり白ちゃんも心配なんだ。マスターが何で帰ってこないのか、様子だけでも見に行きたい… この部屋はボクたちが暮しやすいように大部分のものがボクたちのサイズで作られている。 この出窓へ上がるのも、ご主人様が日曜大工で作ってくれた手すりまで付いた階段を使っている。 でも、元が人間用だった部屋だけに備え付けられたものの殆どは人間が使うための大きさだ。 ドアをあけるドアノブも、ボクらの手が届かないはるかな高みに存在している。 普段は「火事か地震の時以外は部屋から出てはいけない」と言われているから、それで問題ないんだけど、外の様子が見たい今は大きな壁となって立ちふさがる。 「どうやって開けるか、それが問題だ」 腕を組んで頭をひねるボクに、白ちゃんが訝しげな顔で 「ねえ黒ちゃん、何かろくでもないこと考えてない?」 なんて聞いてくる。そうだ! 「ねえ白ちゃん、白ちゃんの武装ユニットを貸して欲しいんだけど!」 「え? う、うん」 「じゃ、借りるね!」 「え? ど、どうする気なの?」 暇つぶし! と言い捨てて武装がしまわれている棚へ走る。白ちゃんの武装なら飛べるからノブにも手が届くはず。 てきぱきと武装を身につけ、身体を宙へ浮かべる。 「ねー、何するの?」 白ちゃんがボクを見上げながら問いかけてくる。 「ご主人様を迎えに行くの!」 笑顔でそう応えたとたん、白ちゃんの顔色が変わって、必死でボクに降りるよう言ってきたけど、ボクはやるって決めたら絶対やるもん! ドアノブに抱きつき、捻る、ガチャ…。捻る、ガチャ…。捻る、ガチャ…。捻るには捻れるけど、ドアを開けることが出来ない。 ご主人様は軽々やれることなのに。武装神姫なんて、大仰な名前が付いているのに、何でこんなに非力なんだ う。 でも挫けていられない。別の方法を考えないと… この部屋から外に通じているのは、…そうだ、出窓がある。出窓の鍵も普段は手の届かないところにあるけど、飛んでいれば届く。 ボクは方向転換し、窓の鍵に飛びつき、推力を落として体重をかけた。ググッ、カシャン! やった! バランスを崩して落ちそうになったけど、この窓はボクらの力でも何とか開けられることは知っている。 武装の力を借りれば一人でも空けられるはずだ。 ボクが窓に悪戦苦闘している間に、白ちゃんが出窓へと駆け上がってきた。 「黒ちゃん! だめ! 外は危ないって言われてるでしょ! しかももう夜なのに!」 でも一足遅い、ボクはもう出るに十分に窓を開け、外へと身を躍らせた。 後ろから聞こえてくる、白ちゃんの絶叫に罪悪感を感じながら… しとしとと降り注ぐ雨が関節に染み込んで気持ち悪い。神姫はお風呂には入れるくらいの耐水性能があるけど、同じ水なのに、お風呂と雨では全く受ける感覚が違っている… ブルッと身震いして、玄関のほうへ翼を向ける。 真っ暗で、外から見る家は、いつも住んでいる家のはずなのに、不気味で冷たくよそよそしいお城みたいだとなんとなく感じた。 出窓からも見える駐車場には、寒々しい空白が広がっている。こんなところでも、ご主人様の不在を重く認識させられる。 「ご主人様…」 愛しいご主人様の名も、口に出すと、寂寥感が胸の奥からこみ上げてくるだけだった。 「何で帰ってこないの…?」 ふらふらと、家の前の道路にまで漂い出る。さっと影が払われ、まばゆい光が 「え?」 ヘッドライト! 車が来たんだ! 身をかわさないと! キキーッ! バチン! 「キャーーーーッ!」 物凄い衝撃。翼が砕かれ、きりもみ回転しながら地面に叩きつけられる。身体がバラバラになるような、ショックで悲鳴まで飲み込んでしまう。 何度かバウンドし、それが収まったときには、本当にボクの身体はバラバラになっていた。両手は肘から吹っ飛び、腰が砕け、下半身がどこかへ行ってしまった。 車から誰かが慌てて降りてくるのを知覚したけどボクは 「人間だったら絶対助からないよね…」 なんて呟いて、そのまま意識を失ってしまった。 う~ん、なんだろう。身体が動かないや。バッテリー切れかな? でもそれなら視界の隅に電池切れ! ってでるはずなんだけどなぁ? 何か聞こえる…ボクを呼んでる? 「…黒子…しっかりしろ…」 「…起きて…黒ちゃん…お願い…」 ご主人様と白ちゃん。どうしたんだろう…? 「な~に~?」 声を出した瞬間、一気に全てがはっきりした。そうだ、ボクは車に… 「黒ちゃん!!」 「黒子! よかった、生きていたか…」 白ちゃんがガバッと抱きついてくる。目を開けると、ご主人様が目をこすりながら「よかった…」を連呼している 「黒ちゃん! あなたなんて馬鹿なことしたの! ぶつかった車がご主人様のだったからすぐに手当てして上げられたけど、両手も両足もなくなっちゃって、体中傷だらけで…うぅ、うわーーん!」 「俺も、あんなにスピード出していなければ、ぶつかる前に止まれたのに…うぅっ」 ああ、ボクはなんて馬鹿だったんだ。ご主人様が帰ってこないはず無いのに…余計な心配をさせてしまって…涙まで流させてしまって… その後、火事や地震でもないときに部屋どころか、家から出てしまった事を一杯怒られた。それだけでなく、 「身体だけなら交換で何とかなるけど、頭部にもダメージがあるから、メーカーに送らないと修理できない」 って、言われて、メーカーに修理に出されることになっちゃった。 でも、ご主人様がボクを箱に詰めるときに、ぎゅっと抱きしめてくれて 「早く元気になって、帰って来いよ…」 って、優しく囁いてくれた。しばらくご主人様にあえなくなるのは寂しいけど、ちょっとだけ幸せ。ちょっと現金すぎるかな? ボク… SSS氏のコラボ作品はこちら 続く
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/897.html
前へ 先頭ページへ 次へ 第十五話 上空戦 「ねえ」 弾頭のハッチが閉められようとする間際、見送りに来た興紀にクエンティンは訊いた。ミサイル垂直発射管室には理音も来ていた。 「なんだ」 興紀はハッチの中を覗き込み、そこに宇宙飛行士のように横向きに座っているクエンティンをみる。 「ありがとね」 「なんのことだ」 「会議室のこと」 興紀は、ああ、と合点がいったように口をあけた。「そんなことか」 エイダがいなければアーマーンは動かない。通常兵器ではおそらく有効打さえ与えられないであろう島レベルの規模を誇る要塞を止めるには、それが一番効率的であろうことは、あの場にいた誰もが分かっていた。発案した執事はまさに断腸の思いであったろうし、興紀の決定がもう少し遅ければ理音だって反対していた。 興紀は、執事があの場でエイダの立場を知る前に発案していたとおりに進めることを押し通した。それは結果的に、エイダ、そしてクエンティンの命を救うことになった。 「勘違いするな」 と、興紀は言った。 「まだピクリとも動いていないただの張りぼてのために、貴重な主戦力をむざむざ自分で潰すなどという愚挙をおかしたくなかっただけだ」 それが建前であることはもはや周知の事実で、興紀は神姫を道具として考えていればこそ、その愛着は人一倍であった。ずっと後になってから分かったことだが、彼ほど道具としての武装神姫を愛した人間はいなかった。ただ、それが武装神姫自身の幸せとはかみ合わなかっただけなのだ。そんな理由でむざむざ廃棄されていった数十体の過去のルシフェルを正当化しようなどとは誰も思わなかったし、むろん興紀自身も許されようとは考えていなかったが。 「それでも、ありがとう」 横倒しになったままクエンティンがあらためて礼を述べると、興紀は一瞬だが、顔をほのかに赤くして視線をそらし、自分の手で最後の垂直発射ミサイルの弾頭ハッチを閉めた。今のところは、クエンティンが興紀と対面したのはそれが最後である。 理音には部屋で話してから、一言も言葉を交わさず、別れの挨拶も言わなかった。また会えると確信していたからだ。 真っ暗になった弾頭内の急造スペースで、クエンティンとエイダは静かに出撃の時刻を待った。完全に洗浄されていたが、炸薬の匂いはほのかに残っていた。潜水艦のレーダー経由で近海に意識をはせると、EDEN本社所有のフェリーが数隻、同じように待っているのが分かった。 「回天に乗った兵士も、おんなじ気持ちだったのかしらね」 九十年以上前にこの国を守るため魚雷に乗って命を散らしたものたちを、知識の上でしか知らないクエンティンは想った。きっと彼らのおかげで、自分たちには帰りの分があるのだと脈絡も何もない感謝をした。 「生きて帰るわよ、エイダ」 ――――。 エイダは何も答えなかった。 「・・・・・・エイダ?」 カウント、ゼロ。 轟音とともに凄まじいGがかかった。ミサイルが発射された。数秒の海水を切り裂く浮上音の後に、海面を飛び立つスプラッシュ、自身のレーダーで周囲を意識すれば、島上空で降下するための神姫たちを三体ずつ乗せた何発ものミサイルが、本来の体当たりの役目も帯びたダミーのミサイルと織り交ざりながら自分達に続き、フェリーからは鶴畑の私設軍と神姫たちを乗せた揚陸ボートが躍り出ている。 先陣と梅雨払いはクエンティンたちの役目であった。 ミサイルは高度二千フィート、およそ六百メートルの低空で水平飛行に移行し、安定翼を展開する。みるみる島への距離が縮まってゆく。飛行船はまだ飛び立っていない。 いや、今動き出した。 「ギリギリか!」 余裕の無いのはいつものことだ。クエンティンはみずからを落ち着かせる。 後続のミサイルの一発がいきなり爆発した。 “島の迎撃レーザーシステム作動を確認。弾頭部破棄。シールド全開” 「了解!」 クエンティンはバースト。全身からほとばしるエネルギーの圧力はそれだけでミサイルの弾頭カバーが飛ばした。彼女はふきっさらしになる。すかさずシールドを展開。直後シールドにスパークがはしる。迎撃レーザーが当たった。普通の神姫ならば瞬時に消し炭と化すほどの高出力な代物である。センサーやコンピュータのある弾頭が脱落したためクエンティンを乗せたミサイルは一瞬よろめいたが、はるかに高性能なエイダがそれを肩代わりすることでミサイルはその時点から超高機動の戦闘機に豹変した。 地平線の上にぽつんと島が見えはじめた。 “レーザー砲台を確認、総数四。ハルバード・デバイスドライバ、インストール完了” クエンティンの右腰で空間圧縮が解かれ、長大な砲が顕現する。ヘッドギアから遠距離照準用のスコープが下がる。無望遠ではいまだ点にしか見えない要塞島がレンズいっぱいに映し出され、そこでせわしなく明滅している四基のレーザー砲台もはっきりと確認できた。 ハルバードを腰だめに構える。弾体加速ターレットがプラズマをほとばしらせつつ加速のための電力をチャージする。 一番左の砲台にロックオン。そのままおもむろに撃った。 空気の摩擦による炎の飛行機雲を引きながら、超音速でタングステン製の針状弾が射出された。カウンターマス代わりの余剰電力が台尻のフィンから青白い火花となって散る。 きっかり一秒のスパンを置いて、左端の砲台が根元から引きちぎられるように吹き飛んだ。 残り三基の砲台も排除したとき、すでにアーマーンは彼女らの真下に広がっていた。 全員がミサイルを排除し、クエンティン以外は空挺部隊よろしくHALO降下を行う。本来のHALO降下ははるかに高空から敢行するものだが、身長十五センチの神姫たちにとっては二千フィートでも十分な高高度だった。ファントマ2アタッチメント――無骨なバックパックとLC3レーザーライフル並みの図体をもつ大口径機関銃を引っさげて、髪の毛も口もなく眼窩さえ開いていない頭で、白、黒、あるいは肌色一色のボディをしたMMSネイキッドの軍勢は、アーマーンの各地に分散して下りていった。後ろを振り向けば、妨害攻撃のなくなった海面を、白い波を引きながらそろそろと上陸に向けて侵攻する神姫と人間の混成部隊が見えていた。先陣を切るのはビックバイパーアタッチメントを纏ったルシフェル、そしてアージェイドイクイップメントのミカエル、ファントマ2アタッチメントを二セット装備してさらに全方位ミサイルポッドを背負ったジャンヌである。 クエンティンは前に向き直る。島上空を離れつつある数機の飛行船が目に止まる。全体を渡せば見えるだけで百機は浮遊している。ヘリコプターくらいの大きさの一機の中に果たして、何百というあの一つめどもが格納されているのだろうか。 何百いようが関係ないか。クエンティンは手に力を込める。これすべてがクエンティンに割り当てられた獲物なのである。ただ一つ救いがあるとすれば、飛行速度が鈍亀であることだった。 まずは島を離れてゆくものに狙いを定め、全速力でダッシュ。すると幾重ものオレンジ色の光跡が付近の飛行船から放たれ、クエンティンに殺到した。迎撃用の機銃である。用意できるものはしっかり乗っかっているな、と面倒そうに思いながら、弾幕の中を突っ切ってゆく。 西北西、日本側に向けて飛び立っている一団がもっとも遠いため、クエンティンはそこから料理することにした。 飛行船の真正面に陣取る。 “ファランクスのデバイスドライバ、インストール終了。使えます” ハルバードと同じように右腰に機関部が顕現する。こんどは長身の砲ではなく、短砲身の発射口が五つ並んでいる。ぐんぐんせまる飛行船の鼻先に狙いをつけ、クエンティンは撃った。 ブゥーンというモーターの回転するような音がして、丸い弾痕が飛行船の船首におそるべき速度で増えだした。数秒ほどそのまま撃ち続けていると、飛行船の動力部を貫通したらしく、斜め後ろから爆炎を上げてよろよろと墜落していった。 中から生き残っていたラプターが二十体以上も脱出して、クエンティンへ飛んでくる。これは彼女には予想外であった。ブレードを振り回してすべて切り伏せ、やっとのことで二機目に狙いをつけたが、今度はそこからラプターよりも小さな戦闘機がイナゴの大群を思わせる、反吐が出そうな数で飛び立ってきた。 “無人戦闘機モスキートです。ロックオンレーザーの使用を推奨します” クエンティンは再びダッシュ。視界のモスキートいっぱいにロ ックオンシーカーを重ねる。 発射。針ほどの細さに分割されたレーザーがシャワーのように降りかかり、モスキートを一匹残らず駆除する。先ほどの飛行船を撃破したときに大まかな構造を把握していたので、今度は動力部にもっとも近い装甲版にガントレットを打ち込む。構造材といくつかのラプターと一緒に、エンジンが圧壊。脱出路を作るまもなく数十体のラプターは運命をともにした。 だめだ、これでも効率が悪すぎる。振り返れば途方もない数の飛行船が残っている。第二団が発進をはじめている。 「エイダ、こいつらまとめて墜とすのに、いっちばん簡単なやり方教えて」 “了解。あと十秒ほどお待ちください。その間に飛行船団の中心に移動してください” クエンティンは言われたとおりにする。二十メートルほど急上昇し、すぐ下に飛行船団を臨みながらその編隊の中心へ、青白い軌跡を引いて飛ぶ。そして、その中でも一番真ん中に陣取っているであろう飛行船の上甲板に着地する。見渡せば全ての飛行船が全周に広がっている。 着地と同時にエイダが、 “ベクターキャノンの使用制限解除完了。ユニット展開開始します” と宣言するやいなや、クエンティンの頭脳内に操作方法がダウンロードされた。方法どおりに、両足を甲板に踏ん張る。 “システム、ベクターキャノンモードへ移行” 両腕を掲げる。そこに空間圧縮が解除され、ひじから先の三倍ほどある開放型重粒子砲身が装備される。 続けて、頭の真横から背部にかけて一気に圧縮解除、ファントマ2アタッチメントのバックユニットを思わせる巨大なエネルギージェネレータが出現した。 “エネルギーライン、全弾直結” 異常に気づいたらしく、周囲の飛行船の機銃がいっせいにこちらを向く。、相打ちも辞さない必死さで、狂ったように目もくらむほどの集中射撃が始まった。オレンジ色の火の玉が前から後ろから殺到する。しかしクエンティンは動かない。だまってシールドを全集展開し、機銃弾をすべて受け止める。みるみるシールドエネルギーが削れてゆく。 “ランディングギア、アイゼン、ロック” バックユニット下部から図太いアクチュエータが伸び、クエンティンはそちらに寄りかかる。トライポッドの安定性を獲得。アクチュエータ基部横から火花が散り、片側三本、計六本のアイゼンワイヤーが甲板へ深々と打ち込まれる。エイダはワイヤーを通じて足元の飛行船をハッキングし、タービンエンジンを制御装置ごと乗っ取った。 そして、砲身となった両腕の前方の空間圧縮が解かれ、六つのライフリングサテライトが正六角形状に浮かび上がる。さらに、サテライトと両腕の間の空間、つまりクエンティンの体の前の空間が今までにない大出力で連続圧縮をはじめた。 “チャンバー内、正常加圧中。ライフリング、回転開始” ライフリングサテライトがゆっくりと周回しはじめる。 周回速度はぐんぐん増してゆき、ついには目にも留まらぬスピードで一個のリングになった。 その間にも機銃は鳴り止まず、シールドは一瞬たりとも休められない。 「エイダ、まだなの!?」 “発射可能まであと六秒” シールドエネルギーが残り少ない。代わりにキャノンのエネルギーゲージが溜まってゆく。この六秒はクエンティンにとって最長の六秒になった。 早く! 早く! 早く! シールドエネルギーが切れる直前、ゲージが溜まった。 “撃てます” 冷静に、エイダは言った。 「いっ・・・・・・けぇー!」 連続圧縮を続けていたチャンバー空間が解き放たれる。一対の開放型砲身と六つのライフリングサテライトにより、膨大なエネルギーベクトルがまとめて真っ正面に向けられた。 圧縮から解き放たれた重金属粒子の奔流が、一本の光条となって撃たれた。それはクエンティンが立っているもののすぐ隣にいた飛行船をやすやすと貫通し、その奥にいた船も貫通し、さらにその奥に浮かんでいた船をもぶち破り、なお減衰されず直進した。 一番端っこの飛行船まで撃ち抜いたところで、エイダは足元の飛行船の左右にあるタービンエンジンを、それぞれ逆方向に全力運転させた。飛行船はその場でクエンティンごと回転をはじめる。 ぐん、と、いきなり光条が右に動いた。撃破された飛行船列を呆然と眺めていた船たちが、驚く間もなく横薙ぎにされ、上半分と下半分が泣き別れた。 それはまるで巨大な粒子ビームの刃であった。クエンティンが一回転し終えたとき、飛行船は一機も残っていなかった。ただいくつもの炎を噴いた塊が、ゆっくりと落ちていくだけだった。 役目を終えたベクターキャノンは、圧縮しなおされることなく、そのままばらばらと脱落した。 “試作品のため、ユニットの耐久限界を超えました。もう使えません” クエンティンは足元の飛行船にお礼のガントレットをぶち込んで、地上へ降下した。飛行船の残骸で押しつぶされたまぬけな空挺部隊はいなかった。残骸が全て落ち切ってから、地上部隊は上陸を開始した。 つづく 前へ 先頭ページへ 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2364.html
第1部 戦闘機型MMS「飛鳥」の航跡 第7話 「轟兎」 ガチャガチャと武装をカチ鳴らせながら、何十体かの完全武装の武装神姫たちが砂地を歩く。 チーム名 「定期便撃沈チーム」 □犬型MMS 「クレオ」 Bクラス オーナー名「池田 勇人」♂ 22歳 職業 商社営業マン □天使型MMS 「ランジェ」 Aクラス オーナー名「大村 清一」♂ 25歳 職業 SE □イルカ型MMS 「ルーティ」 Bクラス オーナー名「川崎 克」♂ 19歳 職業 大学生 □エレキギター型MMS 「トリス」 Bクラス オーナー名「島本 雅」♀ 21歳 職業 フリーカメラマン □ヘルハウンド型MMS 「バトラ」 Bクラス オーナー名「合田 和仁」♂ 15歳 職業 高校生 □戦乙女型MMS 「オードリ」 Sクラス 二つ名 「聖白騎士」 オーナー名「斉藤 創」♂ 15歳 職業 高校生 □忍者型MMS 「シオン」 Aクラス オーナー名「佐藤 信二」♂ 19歳 職業 専門学校生 □サンタ型MMS 「エリザ」 Bクラス オーナー名「橋本 真由」♀ 17歳 職業 高校生 □騎士型MMS 「ライラ」 Aクラス オーナー名「橘田 和子」♀ 16歳 職業 高校生 □マニューバトライク型MMS 「ミシェル」 Sクラス 二つ名 「パワーアーム」 オーナー名「内野 千春」♀ 21歳 職業 大学生 □天使コマンド型MMS 「ミオン」 Bクラス オーナー名「秋山 紀子」♀ 16歳 職業 高校生 □フェレット型MMS 「スズカ」 Bクラス オーナー名「秋山 浩太」♂ 19歳 職業 専門学校生 □ウサギ型MMS 「アティス」 Sクラス 二つ名 「シュペルラビット」 オーナー名「野中 一平」♂ 20歳 職業 大学生 □蝶型MMS 「パンナ」 Bクラス オーナー名「田中 健介」♂ 19歳 職業 高校生 □剣士型MMS 「ルナ」 Aクラス オーナー名「吉田 重行」♂ 28歳 職業 電気整備師 □ハイスピードトライク型 「アキミス」 Bクラス オーナー名「狭山 健太」♂ 19歳 職業 大学生 松本「けっこう集まったな」 ヴァリアのオーナの松本は満足そうな顔をする。 大村がけげんな顔をする。 大村「相手は重装甲戦艦型神姫だって?大丈夫かな?」 ランジェがつぶやく。 ランジェ「やってみなければわからないでしょう・・・これだけ神姫が揃っているんです。負けることはないですが・・・相手も襲撃は予想しているはず、まともに戦うと、ものすごい損害が出ますよ」 忍者型のシオンが首をかしげる。 シオン「戦艦型神姫ってそんなに強いのですか?私は戦ったことがないので分かりません」 ルナ「私もないですね」 パンナ「私もだけど?」 アミキス「・・・・・・ちょっと、この中で戦艦型神姫と戦ったことある人」 誰も手を上げない。 スズカ「ネットの動画や画像で見たことあるけど、実際には戦ったことないです」 エリザ「大丈夫大丈夫ーたった1機でしょ?」 ライラ「大丈夫だよね?マスター?」 ライラの問いに橘田は一瞬、目をそらしそして、にっこりと笑った。 橘田「大丈夫、みんなでがんばれば勝てるよ」 ライラ「そうか!!わかった!!頑張るね!マスター」 橘田「・・・・・・・」 マスターが神姫に嘘をつく。 橘田は戦艦型神姫の恐ろしさ、強さを知っている。本当のことを言わない。 なぜか? 答えは簡単。神姫がびびるから・・・弱った戦艦型神姫、1隻、数十体の神姫で取り囲んで集中砲火を浴びせれば倒せないことはない、ただ、こちらもそれ相応の被害はこうむる。 橘田は、多少の損害はやむを得ず、何も知らない無垢な神姫たちに戦わせることにしたのだ。 バトラ「戦艦型神姫かー図体ばかりでかいだけの神姫だろ?」 ミシェル「・・・・どうでしょうか?とにかくあの強力な大砲の攻撃を回避しないと・・・」 オードリ「大丈夫です!動けないのでありましょう?問題ないです」 武装神姫たちはまったく何の警戒もせずにスーザンに近づいていった。 スーザンがレーダーで数十体の神姫が接近してくることを察知する。 スーザン「敵神姫接近中!なんだ?こいつら素人か?まっすぐこっちに来るぞ」 西野「連中、もう勝った気でいやがる」 スーザン「そうらしいですね・・・では、教育してやるか!」 西野「戦闘用意っ!!照準はこちらに任せろ、予測射撃だ!!」 スーザンの主砲が鈍い音を立てて旋回する。 西野「2連装ヘヴィ・ターボレーザー砲、出力70%!残りは電磁シールドに廻せ」 スーザン「復唱、2連装ヘヴィ・ターボレーザー砲、出力70%!残りは電磁シールドに廻します」 西野「VLSスタンダートミサイル発射用意ッー目標はこことここだ」 西野が筐体のタッチパネルを押して座標を指示する。 スーザン「装填よし」 西野「派手にいこうぜ、スーザン・・・・・・目標、敵MMS集団ッ!!主砲3斉射ッ!!!ファイヤッ!!!!」 スーザン「ファイヤッ!!!」 ズドズドム ズドドム ズドゴンッ!! ヘヴィ・ターボレーザー砲が轟音を轟かせ主砲から吹き上がる青白い発砲炎が灰色の巨体を鮮やかに浮かび上がらす。 ルーティ「んー?」 チカチカッと水平線の向こうから何かが光った。 川崎「どうした?ルーテ・・・・」 亜光速で放たれた強烈なレーザーキャノンの光が神姫たちを青白く照らす。 なぜ青白く光るのか理解できなかった。 光のほうがさきに届き、強力なレーザー本体が後から少し遅れて届くことを知ったのは、しこたま砲撃を喰らったあとだった。 クレオは眼を見開いた。 今まで喰らった一番強力な攻撃は天使型神姫 アーンヴァルのGEモデルLC3レーザーライフルの必殺攻撃「ハイパーブラスト」だった でも今、クレオの全身を青く照らしているこの光は「ハイパーブラスト」の数倍強い光で、しかも周りにいるみんな全員が青い光で包まれている。 このことの意味がどういうことか?理解は出来たが体が動かない 恐怖で動かすことが出来ないのだ 開いた口がふさがらない。 ドッガーーーン!!キュドン!!ズドッドドム!!ボッガアアーーーン!! 神姫たちの頭上に鉄槌のごとく降り注ぐ強力なレーザーの炸裂と周辺に巻き上がる青い灼熱の炎が容赦なく襲う。 トリス「うああ!!せ、戦艦型神姫の艦砲射撃だあ!!!」 佐藤「ど、どこから撃ってきているんだ!?」 大村「ランジェ!!何をしている反撃だ!!撃ち返せ!!」 キュウウウン ドンドゴオオッム!!! 突然の強力なレーザー砲撃に神姫たちはパニック状態に陥り、逃げ惑う。 ランジェ「むちゃくちゃ言わないで!!こんな状況で反撃でき・・・あ!!!」 ゾドッムゴーーーン!!!ドドム!!! ルーティがいる辺り一面は青い炎で埋め尽くされていた。 スーザンの主砲の直撃を食らって、バラバラに吹き飛ばされるルーティ。 □イルカ型MMS 「ルーティ」Bクラス 撃破 テロップが画面に踊る。 大村「うわああああああああああ!!ルーティ!!」 ぼとぼとと焼き焦げたルーティの残骸がバトラの上に降り注ぐ。 バトラ「ヒイイイイ!!」 スズカの顔面にルーティの粉々になった頭部がボトリと堕ちる。 「う・・・うえええ・・オエエエエ」 スズカは気分が悪くなりうずくまって嘔吐した。 島本「散開しろ!!一箇所にまとまっていると危険だ!!! 橋本「だ、駄目!離れ離れになると各個撃破される!!」 ライラ「わあああああ!!」 パニックに陥り、逃げ惑う神姫たち。 スーザン「命中!!命中!!」 西野「黒煙だ・・・命中したな・・・相手の神姫は即死かな?」 スーザン「連続射撃により砲身温度上昇中」 西野「交互撃ちに変更。撃て」 スーザン「ファイヤー!!!」 ズッズウウン 青白い噴煙が放出され強力なレーザーが発射される。発射された強力なレーザーはまっすぐ一直線に伸びていき神姫たちの集団のド真ん中に着弾 周辺にいた神姫を爆風で吹き飛ばす。 ドドム、ズヅッヅウーーン バウム スーザンは砲撃をまったく休めない。遠距離から強烈なレーザー砲撃を行い続ける。 レーザー管制とマスターからの的確な砲撃指示でメッタ撃ちにする。 これが多数の強力な火砲を有する戦艦型神姫の戦い方である。 そんな戦艦型神姫に何の策もなく、真正面から戦うことは自殺行為に近い。 アティス「みんな回避してください!!直撃を食らうと一撃で粉々に撃ち砕かれます!」 アティスは機動性に優れたウサギ型神姫だ。持ち前のフットワークで巧みに砲撃を回避する。 スーザン「!?何機か砲撃をすり抜けてきます!」 バッと砂埃を立てて、砲撃を掻い潜って数機の神姫がスーザンに急接近する。 戦乙女型MMS「オードリ」とサンタ型MMS「エリザ」マニューバトライク型MMS「ミシェル」ハイスピードトライク型 「アキミス」はジグザグに動き回って砲撃をよける。 エリザ「はははーこんなのおちゃのこさいさいだよ!」 オードリ「接近して取り付けば、あの図体です。なにも出来ません!!」 スーザン「ッチ!!接近されるとまずいな・・」 西野「VLSスタンダートミサイル発射、迎撃しろ」 スーザン「VLSスタンダートミサイル発射ッ!!!!!!」 ドシュドシュウオオオンン・・・・ 垂直にスーザンの右舷と左舷から中型のミサイルが8発、発射される。 狭山 「ミサイルッ!?アキミス!!回避しろ!」 アキミス「こなくそ!!」 アキミスはトライクモードになり、ミサイルを急旋回で回避する。 エリザは急上昇して回避。他の神姫たちも散りじりになって回避する。 スーザン「ミサイル、全弾不発!!」 西野「!!スーザン!!後方より敵神姫!!」 スーザンの後ろに回り込んだ忍者型MMS「シオン」が鎌をトマホークの様に投げつけた。 シオン「はああ!!」 西野「副砲放て」 鋭く命令しながらピッと手を振る西野。 ズズズンッ!! スーザンの後部ブロックにある2連装ターボレーザー・キャノンが1門、火を放つと同時にシオンの放った鎌を打ち落とす。 シオンはものともせず、バッとスーザンに飛び掛る。 シオン「取り付いてしまえば!!その砲塔は自分に向けて撃てまい!!」 佐藤はハッとスーザンの武装に気が付く。 佐藤「よせええ!!!シオン!!!そいつはSマイン付きだ!」 スーザンは後部からポオオンと小さな筒状の物体を打ち上げる。 シオン「え・・・・」 スーザン「バカめッ蜂の巣にしてやる」 S-マイン(S-mine,Schrapnellmine:榴散弾地雷)とは100年前に第二次世界大戦でドイツ軍が使用していた対人地雷の一つを神姫サイズにした武装である。 爆薬により空中へ飛び出して炸裂する、跳躍地雷(空中炸裂型地雷)の一種で、爆発すると320~350個の極小鉄球を半径約1mの範囲に高速度で飛散させることによって軽量級の神姫を殺傷する。 鈍重な戦艦型神姫は肉薄された神姫に、このような古典的な近接防御兵器で対抗した。 ドジャーーーン!!パンパッパパアン・・・ シオンの体を無数の極小の鉄球(ボールペン球)がつら抜いた。 至近距離でまともに喰らったシオンは蓮花弁のように小さなブツブツの穴だらけになってそのままピクリとも動かずに醜い屍を晒した。 □忍者型MMS 「シオン」 Aクラス 撃破 佐藤「シオンッ!!!うわああ!!」 佐藤はボロ雑巾のようになったシオンを見て絶叫する。 ぐちゃぐちゃになったシオンの残骸を見てエリザの顔から笑みが消えた。 エリザ「あ・・・いやあ・・・あああ・・」 橋本「エリザ!!!動け!!止まるな!!あ・・・」 スーザンの副砲がエリザをぴったりと照準につける。 副砲とは軍艦の備える大砲の一。主砲の補助として使用する中・小口径のもの。 ただし主砲に劣るとはいっても巨大な戦艦型神姫の副砲の威力は並みの神姫ですら、一発で粉砕するほどの口威力を有する。 スーザンは主砲の全砲門を、主力の神姫部隊に向けて砲撃し続けて、周りをうろちょろ飛び回る神姫を追い払ったり撃破するために副砲を持っていた。 西野「右舷にいるあのマヌケなツガルを叩き落せ。 スーザン「了解」 ズドオン!! エリザに向かって一直線に向かっていくレーザー弾。 マニューバトライク型MMS 「ミシェル」が叫ぶ。 ミシェル「エリザ!!」 ぐりっと強化アームでエリザの足を掴み、引き寄せる。 ズバッババンン!! 間一髪、エリザのいたところにレーザーが着弾しエリザは一命を取り留める。 ボーと口を半開きにしたまま、固まるエリザ。 ミシェル「エリザ!!!しっかりしなさい」 内野「あー、こりゃシェルショック状態に入っているわね」 ミシェル「シェルショック!?」 内野「砲弾神経症よ、友人たちの手足が一瞬にして吹き千切れるのを見、閉じ込められ孤立無援状態におかれたり、一瞬にして吹き飛ばされ殺されるという恐怖から気を緩める暇もないという状況で、感情が麻痺し、無言、無反応になるのよ」 ミシェル「・・・・・・詳しいんですね、オーナー・・・」 内野「まあ、戦艦型神姫と初めて戦った神姫はみんなこうなるわね」 ミシェル「・・・・・・・黙っていたんですね・・戦艦型神姫が強いってことを・・・」 内野は肩をすくめる。 内野「だって、戦艦型神姫がめちゃくちゃ強いっていったら、あんたたちビビって逃げるでしょう?」 にやーーーと冷たく笑う内野。 エリザ「あ・・・ああ・・・あうあうあ・・・」 ミシェルはぎゅっとエリザを抱きしめる。 ミシェル「私たちは逃げたりなんかしない!!」 凛と言い放つミシェル。 ズドドドドオン!! スーザンの主砲を喰らってバラバラに砕かれる犬型神姫。 □犬型MMS 「クレオ」 Bクラス 撃破 ミシェル「クレオが!!」 スーザン「命中!!命中!!」 西野「ふん、雑兵どもが!!あの這いつくばっている神姫を狙え、低く狙え、地面ごと抉り飛ばせ!!」 ライラはうっすらと眼を開ける。 地獄だった・・・バラバラに吹き飛ばされたルーティだったものの残骸がブスブスと音を立てて散らばり、地面は艦砲射撃で穴だらけ、さきほどの砲撃でクレオは吹き飛んで焼き焦げた何かがバラバラと地面に落ちてくる。 両足を失った天使型MMSの「ランジェ」が獣のような声で啼いている。 ランジェ「ギゃアアアアアアアアアアアアッ!あ・・・ああ・・・アアアーー・・・うあああああああああ」 バタバタと地面をのたうち回るランジェ。 それを呆然と見ているヘルハウンド型MMSの「バトラ」。半開きになった口元からは涎が垂れている。 バトラ「・・・あ・・・うあ・・・・・」 エレキギター型MMSは「トリス」は、爆風でちぎれ飛んだ自分の右腕を左手に持ってうろつく。 トリス「手が・・・手がァ・・・ああ・・・取れた・・・手が・・・」 フェレット型MMSの「スズカ」は嘔吐し続けて、地面にうずくまって動こうとしない。 スズカ「うおおおお・・おええ・・むぐ・・・おえええ」 ボチャボチャと粘質を含んだ油の塊がぶちまけられる。 その光景を見て、ライラは確信した。 自分たちは囮に使われたのだと、真正面から戦艦型神姫の強烈な艦砲射撃について何も知らされずに、ノコノコと前に出てきたのは、ミシェルたちを突破するための支援に使うための囮だってことに・・・ ライラはマスターを呼び出す。 ライラ「マスター!?マスター!!?」 橘田「どうしたのライラ?」 ライラ「・・・仲間が・・・やられました・・これ以上の戦闘は不能です」 チカチカっとまた青い光が光る。 ドズウウオオン!! 地面を抉り飛ばしてランジェがぐちゃぐちゃになって飛び散る。 □天使型MMS 「ランジェ」撃破 ライラ「・・・・・どうして、黙っていたのですか?」 橘田「大丈夫、みんなでがんばれば勝てるよっていったよね?そういうこと」 ライラ「・・・囮にしましたね」 橘田「大事なのは勝つことだから。僕に言わせれば、 勝利に犠牲はつきものですよ。ってテニプリの聖ルドルフ 観月さまも言ってるよーライラも賛同していたじゃない」 ライラははっと思いだす。 そういえばそんなことを橘田と一緒にテレビのアニメで見ていたような気が・・・ 橘田「でしょ?やっぱりさーそういうことは、実戦してみないとさーほら・・・マンガと実際は違うっていうし、行動しないとさ・・・言葉にも重みって出てこないし」 ライラは呆然と立ち尽くす。 勝利に犠牲はつきもの マンガやゲーム、映画、小説などで幾度となく使われてきた言葉。 その本当の意味を、実際に目の当たりにしたときに寒気が走った。 この言葉の意味は、・・・こういう意味だったとは・・・ スーザン「命中!」 西野「目標!!増せ一つ!次はこいつを狙え」 ライラ「・・・・・・マスター・・・」 橘田「なあに?ライラ」 スーザン「2連装ヘヴィ・ターボレーザー砲、ファイヤ!!」 チカチカっとまた青い光が走る。 ライラの顔をぼうっと怪しく照らす青い光。 ライラはなにかつぶやいたが・・・橘田はうまく聞き取ることが出来なかった。 ズズン・・・・ スーザンが目視で確認する。 西野「黒煙だ・・・命中したな」 スーザン「・・・・・・・・・敵機撃破!!」 □騎士型MMS 「ライラ」 Aクラス 撃破 To be continued・・・・・・・・ 前に戻る>・第6話 「重兎」 次に進む>・第8話 「爆兎」 トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/970.html
前へ 先頭ページへ 朝。 朝が来た。 マスター風に言うならば清々しい朝。もしくは、爽やかな朝。 とにかく、私は内蔵された自動起動機能によって目を覚ました。 起きたからにはやる事がある。 ベッドであるクレイドルから上体を起こしての状況確認。 玄関―――朝刊が届いているのを確認、鍵もチェーンもかかったまま。異常無し 窓―――カーテンの隙間から天気を確認。予報通り快晴。鍵も閉まっている。異常無し。 ちゃぶ台―――マスターの財布を確認。休止前との異常は検出されず。異常無し。 ベッド―――マスターが眠っている、今のところ異常無し。 時刻―――現時刻、午前7時30分。講義開始が午前9時30分。マスターの行動予想。このまま起こさない場合の起床時間、9時。 行動、開始。 私はぴょいん、とクレイドルから飛び降りる。クレイドルはマスターのベッドの枕元に置いてあり、飛び降りた先はマスターの顔の直ぐそばだ。 何時もは気難しげな表情をしているが、この時だけはいつも穏やかだ。まるで死んでるみたい。 ……心なしかマスターに睨まれた気がする。次は潰されそうだから本来の仕事に移るとしよう。 ベッドの隅に立てかけられた30cmの鋼尺、それを両手で抱えるように持つ。 人間からしたらそれ程でもない重量だろうが、神姫である私からしたら結構な重量を感じるそれを、肩に担ぐように構える。 そして、腰を軸に上体を回転させる。 「―――ッ!」 ばこん、という音と共にマスターが飛び起きた。 頭を押さえて涙目でこちらを見ている。 その視線を受けながら、私はこう言うのだ。 「おはようございます、マスター。今日も良い天気ですよ」 それが私の日課。 武装神姫、ナルの一日の始まりなのだ。 今日も今日とて大学へ向かうマスター。 そしてマスターの胸ポケットの中に納まる私。 マスターが一歩歩くごとに身体が数cm程上下する。 これが人間換算だった場合、人は酷く酔ってしまうと聞いた事がある。 全てを人間に準じて作られた私がそうならないのは機械的に制御が成されているからか、それとも個体差なのだろうか。 そんな事を考えていると、空が翳った。 「……ハトか。珍しい」 マスターが呟いた。 人には聞こえそうもない小さな呟き。しかし、私の耳はそれを捉えた。 それは私の聴覚が人間よりも優れているという点もあるが、マスターの身体から声の震動が伝わったというのもある。 「このご時世、こんなところで鳩を見れるとは思いませんでした」 私は率直な感想を言った。 私に内蔵されている基本データの鳩に関する項には2036年現在、鳩の生息数が激減しており、絶滅危惧種一歩手前であると記されている。 そして、日本で野生の鳩が生息しているのは浅草だけだとも記されている。 ここは浅草から少し距離がある。飼われた鳩にしろ野生にしろ、少々貴重な体験だと言えた。 「餓鬼の頃はそこそこ見かけたんだがなぁ」 そう言うと、マスターは空を仰いだ。 その表情を窺い知ることは出来ないが、きっと私の知らない遠くを見ているのだろう。 私がマスターと出会ってもう5年になる。 この5年間、色々な事があった。 だけど、まだ私はマスターの全てを知っている訳ではない。 マスターが見たもの、マスターが感じたもの、マスターが知ったもの。 私が知らない、マスターの要素。 マスターという人間を構成するピース。 それを、私も共有する事が出来るのだろうか。 「……暇があったら実家にハト探しに行くか」 さっきよりも小さな声、だけど、はっきりとした声でマスターが言った。 その視線は真っ直ぐ前を向いている。 だけど、私にはその先にあるものがわかる気がした。 「楽しみです」 大学は、目と鼻の先だった。 今日の講義は一限から五眼までフルに入っている。 一限目は工業数学。マスターが最も苦手とする教科で、マスターは今にも死にそうな顔をしている。 私はというと、教室の机の上にぺたりと座り、周囲を伺っている。 この教室はそれほど広くは無く、人と人が接触しやすい。周囲を見れば3,4人のグループで固まってるのが殆どで、一人で難しそうな顔をしているマスターは少し浮いている。 元々人づき合いが良い方では無いので、大学内の友人は研究室の方くらいしか見た事が無い。 他愛無い雑談のざわめきの中、マスターは一人教科書を睨んでいる。 少しでも頭に入れておかないと刺されたときマズイそうだ。 暫くして、教授が現れた。その瞬間に水を打った様に静まり返る様は何時見ても面白い。 講義が始まった。 教授は説明を交えながら黒板にチョークを滑らせている。生徒はと言えば、黒板の例題や問題を写し、それを解く為に頭を絞っている。 無論、マスターもその一人だ。 シャーペンをくるくる回しながら、左手で頬杖をしている。その眼はノートに突き刺さっており、とても鋭く、険しい。 暫く微動だにしなかったマスターだが、目だけが動いた。 その先にいるのは、私だ。マスターの言わんとする事は手に取るように分かる。 確かに私は機械の類だ。計算は得意中の得意。朝飯前だ。 しかし、だ。 「マスター、こういうのは自力でやらねば意味がありませんよ?」 マスターは苦虫を噛み潰した様な表情をし、再びノートを睨んだ。 何事も経験ですよ、マスター。 講義を終えたマスターは随分と憔悴している様に見える。 覇気が無いというか、精気が無いというか。とにかく元気がない。 マスターの胸ポケットの中で揺られながら私はそう思った。 しかし、それも仕方ないのかもしれない。 その理由は次の講義がマスターの苦手科目No.2、文章演習だからだろう。 この講義、平たく言えば作文の講義なのだが、マスターは文字を書くとか本を読むとかそういう類の事が大の苦手なのだ。 レポートにおいてもそれは健在で、毎回必ず再提出の烙印を押されている。 そういう訳でマスターはこの講義が苦手という訳だ。 重々しい足取りで教室移動をするマスターは、さながら亡者だ。 瞬間、身体に衝撃が走った。突然の事だが、頭は冷静に動いている。 とりあえず、私の身体は空中にある。身体は一回転していて、頭から真っ逆様に落ちる格好だ。 とりあえず状況を確認すると、マスターが尻餅をついていて、その上に人が覆いかぶさっている。 マスターは後頭部を押さえていて、覆いかぶさってる人間はぐったりとしているのが上下逆さまに見える。 「…わわっ、大丈夫ですか~!」 何ともマヌケな声が聞こえてきた。 その声の主はマスターに覆いかぶっている人間だ。 「いいから、どいてくれ」 マスターが不機嫌そうに言った。それを聞いたその人はあたふたしながらやたら危なっかしくマスターの上からどいた。 それは女の人だった。 そして、床と私の距離はもう無い。ぶつかる。 何時もなら直ぐに体制を立て直す事が出来るのに、反応が遅れた。どうしよう、とか思ってたら、 「……ゎっ」 思わず変な声が出た。それは身体に慣性の力が働いた事による反作用だ。 視界は未だ上下逆転したままだ。前髪が床についている 足首を見ると、誰かに掴まれている。 白い手、白い腕、白い身体、白い髪。 「……ストラーフ?」 思わず疑問が口に出た。だって、そこにいたのは白い神姫。 白い神姫と言えばアーンヴァルな訳だけど、その顔はどう見たって私と同じ顔。ストラーフなのだから。 しかし、このストラーフ無表情である。目が合っているのにあちらさんは瞬き一つしないで私をじっと見ているのだ。 なんて事考えていたら、彼女は唐突に私の足首から手を放した。 手を付いて一瞬逆立ちの体勢、今度は身体全体を使ってくるっと周る。よし、上下正常な世界だ。 私は改めてストラーフを見た。私は量産機なので私と同じ顔を見るのは少なくない。その中には様々なカラーバリエーションのストラーフがいたが、ここまでまっ白いストラーフは初めて見た。 「わ、私ぼー、としてて、その、あの……」 頭上からマヌケな声が降ってくる。その声の主はマスターに対し平謝りだ。 「……今度から気を付けてくれ」 マスターはバツが悪そうに言うと、私を拾い上げた。 「大丈夫か?」 「あのストラーフのお陰で」 私はマスターの手の中、視線をあのストラーフへと向けた。 そのストラーフはマヌケな女の人に抱きかかえられている。 マスターの逡巡する気配が漂った。 「……名前を聞いても良いかな?」 その視線はマヌケな女に人に向けられている。 当の本人は、一瞬ポカーンとした後、金魚みたいに口をパクパクさせている。 かと思えば大きく深呼吸をし始めた。3度深呼吸をした彼女はようやく口を開いた。 「えと、その、わた……私、環境心理学科の、君島、です」 まるで息も絶え絶え、死にそうな様子で君島さんとやらは言った。 「それで、この子は、アリスって、言います」 そういって胸に抱える白いストラーフ、アリスを一瞥した。 しかし、このアリスとやら、マスターである君島さんと違い本当に無表情だ。 「僕は倉内 恵太郎。君島さんと同じ環境心理科です」 マスター自慢の猫被りが発動した。さっきまでの不機嫌ぷりは何処へやら、今は完璧な爽やか系好青年だ。 「この子はナル」 「どうも」 私は軽く会釈した。 「アリスちゃん、僕のナルを助けてくれてありがとう」 マスターの言葉を無表情で受け止めるアリス。それに対して君島さんはやたらおどおどしている。ここまで来ると面白い。 「……いい」 アリスがようやく口を開いた。にしても驚くほど無機質な反応だ。……CSC入ってないんじゃないだろうか。 その時である、場違いな声が響いたのは。 「おはよう! けーくん!」 どっから顕れたのか、孝也さんがマスター目掛けて飛び付いてきた。 「おはよう……っと!」 そしてマスターは孝也さんの顔面に右フックを叩き込んだ。 孝也さんは派手な音と「ぐべぇ」みたいな呻き声を上げてゴミ箱に突っ込んじゃった。 「ふぇ?…え? え?」 案の定、君島さんが目を白黒させている。 「ああ、いつもの事ですよ」 マスターは相も変わらず爽やかを装っている。 「そう、僕とけーくんのスキンシップは何時でも過激なんだ……」 何時の間にやら孝也さんがマスターの傍らに寄り添っている。相変わらず復活が早い。 「そ、そう、なんですか」 駄目だ、完全に怯えている。 「マスター」 「……じゃあ、次の講義がありますんで僕はこれで」 私の言わんとする事が伝わったようだ。 マスターは孝也さんの首を鷲掴むと、笑顔で歩き始めた。 「ところでけーくん、今の人は? ……けーくん、首が痛いよ~。……けーくん、絞まってる! 何か凄い締まってるよ!? 何! 僕が何かした!? 嫌だ! 離して! 話せば解る!……アーーーッ!」 残された君島は暫し茫然としていた。 まるで嵐のような出来事に頭の処理が着いて行っていないのだ。 「……ましろ」 「ふゃいっ!?」 普段は全くの無口&無表情なアリスが君島を、君島ましろの名を呼んだ。 その事に君島は飛び上るほど驚いた。自分の神姫なのに。 「……紅」 一言。言葉ではなく単語。 アリスのその短い説明でも、君島はすぐに理解出来た。 「あ、あの人が、そう、なの?」 口調は変わらない。しかし、その目の鋭さは先ほどまでの少女とは到底思えない鋭さだ。 その鋭い視線を恵太郎が去って行った方向へと投げかける。 見えない何かを見るように、見えない何かを値踏みするように。 「じ、じゃあ、やっつけなきゃ、あの人」 まるで近くのコンビニに買い物に行くような気軽さ。 反して、命を賭けた血戦に赴くような切迫さ。 奇妙で歪んだその少女の名は君島ましろ。 ましろを知る人間は彼女をこう呼ぶ。 白の女王、と。 先頭ページへ 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2746.html
ざわざわ、ざわざわと、たくさんの音が交じり合った、その空間は異様だった。 あるところでは勝利の雄たけび、あるところでは敗者の怨嗟。 またあるところでは黄色い賞賛、またまたあるところでは、シリアスな議論。 合間に轟くは、火薬のはぜる音、鋼のうなる音、怒号、悲鳴。 ここは神姫センター。人の欲望渦巻く魔城……。 「マスター、ワケのわからないナレーションをいれて面白い?」 カバンから突っ込むは、凛とした声。私の神姫のタマさんである。 「ああんもう、なんかこうソレっぽいの入れたらそれっぽくなるかなーって」 なるわけないじゃないか、キミは本当にバカだな!などと再び言葉のカッターをいただく私。 タマはん、ホンマに容赦ないお方やでぇ……。 そんなわけで、私とタマさんは、通学途中の駅にあるセンターに来ている。 規模と人の入りは、平日とはいえ少なくはない、駅そのものが、別の路線への連絡駅になってるせいか、安定した集客があるらしい。 かくいう私もこの駅から別の路線に乗り換えて帰宅、あるいは通学するので、良く利用させてもらっている、ありがたや。 「それはともかく、学校帰りに一人で神姫センターって、女子高生的にはどうなんでしょうね」 「ゲーセン入り浸るよりかは多少マシなんじゃないか、タバコ臭くないし」 近場にあるゲーセンはタバコくさくていけない。この時勢、全面喫煙可ってなかなかないんじゃないかしらん。 さておき、何も漫才をしに、私たちはここにきたわけじゃない。いや、漫才は毎日してるけど。 「で、マスター、今日は何しにきたんだ」 「タマさんや。今日は新作の服があるらしいのでちょっとタマさんのファッションレパートリーを増やしに」 つまり、服を買いに来ただけなのだった。 ところ変わって、神姫用の服飾売り場。 タマさんは肩の上から服を眺める。 今回の新作は、アシンメトリーと銘打たれた逸品。 左右非対称の、斜めにカットされたスカートが特徴のドレス。 赤い生地に、黒のレースはちょっとアダルティな空気をかもし出す。 「いかがですかタマ先生。私的にはいい線いってるとおもうのですが、先生には」 コレを着たタマさんを思うかべる。おお、アダルティ、大人の女! 一方タマさん、ドレスへ視線を。お、ちょっと食いついたご様子。 「……ま、アリ、じゃないかな。キライじゃないよ」 むむ、先生的には50点より上に入った程度か、さすが、お眼鏡にかなうものはなかなかありませんのぅ。 しかし、スルーするのももったいないので、私はコレをお買い上げした。うふふ、財布が軽くなるわぁ……。 「いやぁ、センターいいなぁ、ゲーセンじゃ武装の類はあってもこういう物は置いてないからねー」 ほくほくと小さな紙袋をカバンにつっこみつつ。懐の氷河期?知らねぇなぁ! 「あれはあれでキライじゃないけどね、私は。闘いの雰囲気は、好きだよ」 ううむ、タマさんはバトルスキーであるからな。武装神姫としては正しいメンタリティなのかもしれませんが。 ちょっと、タマさんに視線を落としてみる。ちらっ、ちらっ、と私を見る私の神姫。 「……じゃー、闘いの雰囲気もちょっと感じに行きますか?」 なんとなくを装ってささやいてみる。 「……マスターがそういうのであれば、やぶさかではないな。時間もないしいこうじゃないか」 いやぁわかりやすい。 そして、バトルブース。 とはいっても、そんな長いこと歩く距離でもなく、あっという間にご到着。 おーおー、賑わってる。わいのわいのと会話と、バトルのSEが飛び交う。 スクリーンに映ってるのは、アークとアルトレーネの闘い。 足に取り付けられたホイールを生かし、機敏に動き回るアーク。手には黒い無骨なアサルトライフル。 各所のコンデンサから得られる電力を生かして、低空から攻めるアルトレーネ。こちらは細身の片手剣。 武器こそ違うものの、他はすべて、初期から付属しているパーツのみ。ほぼ初期装備で立ち回るそのさまは、なんとなく美しい。 いいなー、こういうのあこがれちゃうなー。などと、私の感想。うん、時々、男に生まれればよかったなぁ、と思わなくもない。 あ、アルトレーネが勝った。決め手は近接戦闘の読み合い。 「……あの子と、戦りあって、みたいな」 ぽそりと聞こえた、静かだけど、感情のこもった声。ほんとにバトルスキーなんだから。 んじゃぁ、いっちょ準備しようかしらん。と、カバンから、紫色の布に包まれた、細長い何かをタマさんに。 「……もってきてたんだ」 「そりゃこういうところ来るんなら、タマさんは絶対1回は戦いたいなぁと思うところであるし、もってないとねぇ」 いまいち日本語になりきれない返事をしながら、私はよいしょ、とブース内の対戦スペースへ。 「あー、指名バトルだと時間と、向こうさんの名前わからないからランダムになっちゃうけどいいかなー?」 スクリーンに、神姫の名前とオーナー名も出てたはずなんだけど、私の記憶力は鶏なみなのだ!フハハハハハ! 「……まぁ、それくらいはしょうがないか。とり頭なのは今に始まったことじゃない」 ……神姫に言われるのはクるわー。超クるわー。 空は、焼けた赤い色と、日が落ちた藍色の境界ができている。 雲の作る影と、赤い輝く太陽。ひどくキレイな光景。 空気は湿気と熱気を含んで、あまり心地いいものじゃないけど、この空を見てると、なんとなくラクになる気分。 「夕方の空が綺麗やねぇ……」 ああ、なんか清々しくすらなってきた、さぁ帰ろう。ごはんも準備しなきゃいけないし! 「……負けてここまで清々しいオーナーも珍しい気がするね。私も大概だけど」 ええ、負けました。先ほどから始めたバトルは、私たちの負けでございました。 何せ、装備は刀一本で、後は服のみ。相手からすりゃもう、ナメてんのかてめぇといわんばかりの有様。 いや、そこそこいいとこまでいったんだけどね? 「まま、そういわないで。縛りプレイで負けはよくあることさぁ。タマさんのがんばりはけなす気ないし」 刀一本でどこまで戦えるのか。そんな縛りプレイというか、ルールというか、そういうものを定めている私たち。 勝率は高くない。そりゃそうだ、空は飛べない、走れはするけど、推進装置を積んだ神姫ほど早く動けない。 身体には衣服ひとつ、あたれば致命傷。武器は刀だけ、遠距離でガン攻めされたら完封。 うん、完璧だ、勝てねーな! 「ま、私もまだまだというところだね、飛び道具ごときでこのていたらく。精進が足りないな」 ふん、と鼻息ひとつのタマさん。あなた、時々ストラーフなのが間違いな気がしますよ。紅緒さんの生まれ変わりじゃありませんこと? おかげで向上心と努力はすごいんだけど。ちなみに、この縛りを決めたのはタマさん本人です。パネェ。 「んじゃー帰ろうか。今夜は餃子にするぜー、包んじゃうぜー」 「じゃあ私はキャベツ刻みでも手伝おうか。刀の修練にちょうどいいし」 「……よ、よろこんでいいのカナ?」 帰宅後、キャベツを前にするタマさんは、ひどくシュールな図であったと、こっそり付け加えておこう。 タイトルへ 次のぐだり
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/721.html
第5話 剣の舞姫(ソードダンサー) ついに来た。俺は、目前の多目的ホールの収まる建物を見上げていた。 今日、これからここで行われるのは”武装神姫ショウ”というイベントだ。 企業による次世代モデルの発表や会場限定品販売、個人ディーラーの自作品販売、新規ユーザー獲得の為の催しも充実している。 もちろんバトル大会も行われる。 バーチャルバトルで強くなったエルを公式戦に出すことを決意し、出場を申し込んだ。 会場前には、一般参加者の列が伸びており、今現在も伸び続けている。 俺はその列を横目で見ながら、メインゲートとは違う入り口へと向かう。 そこで大会招待状をみせ、入場証をもらい控え室へと案内された。 控え室はかなり広く、すでに数人の参加者が自分の神姫のチェックをしていた。 俺も与えられた一角に荷物を置き、持ってきたパソコンを起動させる。 「よし、出ていいぞ」 ペンケースのような箱を開けると、二人の神姫が起き上がる。 「マスター、いよいよですね」 「ああ」 アールの頭を撫でてから立たせてやる。 「あ、あたい……」 「緊張してるのか?」 無理も無い、この大会の模様はTVはもちろん、ネットにも配信される。 エルも同じように頭を撫でて立たせてやる。 「エル、ちょっとじっとしてて」 俺は、パソコンから伸びたコードをエルにつなぐ。 パソコンにさまざなな情報が表示されるが、異常個所は見られない。 「よし! OKだ」 コードを抜き、エルに答える。 それから俺たちは、パソコンに入れておいた簡易型ヴァーチャルバトルの対CPU戦用モードにてエルのウォーミングアップをした。 開始時間が近づいて、次々と参加者が入ってくるが、人数が少ない気がする。 「別にも控え室があるのでしょうね」 「だろうな」 アールに答える。 確かに、ここが広いといっても個人個人が持ち込む荷物がかなりあり、入れる人数が少なめみたいだ。 会場側もそのことを分かっているようで、個人に割り当てられたスペースがかなり広くなってる。 もちろん、俺のスペースも同様でパソコンとエルに使う武装一式と、メンテナンス用具しか持ってきていない俺にはかなり広い。 他の参加者を見回すと、およそ実戦向きでないようなドレスを着せている人、俺の用に2,3人の神姫を連れて来ている人などが居る。 「この全てがあたいのライバルなんですね」 俺が他の参加者を見ているのに気が付いたのだろう、エルがそう言ってきた。 「ああそうだ。こわいか?」 エルの頭を撫でると、ふるふると首を横に振る。 「ううん、マスターと姉さんがついてるから平気」 エルはニッコリと笑った。 控え室にスタッフが入ってきた。 「これより、武装神姫バトル大会が始まります。参加者の皆さんは、バトルに参加させる神姫を素体状態で持ち、順に廊下へ並んでください」 それを聞いた参加者が立ち上がり、神姫を連れて出て行く。 「じゃあ、行ってくるよ」 「はい」 アールにそう言って、エルを持ち廊下に出た。 スタッフに連れられて廊下を歩いていると、向こう側からも同じように歩いてくる集団があった。 二つの集団の合流地点で右に曲がり会場へと目指す。 ステージに全員が並ぶと、スポットライトが当たると同時に大歓声が巻き起こった。 『ここに集まった戦士たち。目指すは優勝という栄光。このステージに立てばルーキーもランキング一位も関係ない』 『あるのは、そう、今現在の能力の優劣のみ。さあ! 始めよう! 栄光を目指す挑戦者達の競演を!』 『注目せよ! これが栄光への階段だ!!』 大音量のナレーションと共に、俺たちの背後にある大スクリーンにトーナメント表が表示された。 バトル参加者に見えるように、ステージに置かれたモニターには同じ様子が表示されている。 『エントリーNo1』 ナレーションと共に個人にスポットライトが当たる。それと同時にトーナメント表に名前が入る。 名前が入るたび、ギャラリーから大歓声が上がる。そして、俺は一回戦最終組となった。 その後、俺たちは控え室に戻ってきた。 「まだドキドキしてるよ」 エルが胸を押えて興奮を隠しきれない様子だ。 「じゃあ、調べてやろうか?」 「やん」 俺がいやらしい指の動きでエルに迫ると、身を翻しエルが逃げる。 「あははは」 「うふふふ」 「くすくす」 俺たち三人は一斉に笑い出す。エルもリラックス出来たようだ。 しかし、異変は突然やって来た。 そろそろ準備をしようとしていたときだった。 「マスター!」 アールが叫ぶ。 アールの方を向くと、そこにはぐったりとしたエル。 「どうした! 大丈夫か?!」 エルの反応は無い。 急いでエルにコードを挿し、機能チャックする。 「原因不明の動力停止、それによりAIがスリープ状態か」 パソコンからエルに再起動指令を与える。 「反応なし。再起動できない……」 「マスター……」 心配そうなアールに説明する。 「エルは機能停止して、復帰出来なくなってる。AIはスリープしただけだから、起動さえ出来れば……」 「マスター、動く動力……ボディがあればいいんですよね」 「そうだが、そんなもの持ってきてないぞ」 最低限の物しか持ってこなかったことを悔やんだ。 「あります」 「え?」 俺はそういうアールに驚く。 「………ここに」 そういって自分の胸を押えるアール。 「使ってください」 「いいのか?」 コクンとうなずくアール。 「ごめんなアール」 俺はそういって、メンテナンスベッドにアールを寝かせ、機能停止させた。 ボディ破損などによる交換手順は知っていたが、いざ行うとなると違う。 胸部カバーを外し、CSCを引き抜き、壊れないように刺さっていたスロットをメモして紙で包む。 それから、アールのヘッドを外し、エルのヘッドと交換した。 エルのCSCをアールに刺し、カバーを閉じる。 「たのむ、起動してくれよ」 俺は祈るように起動指令を与えた。 「ん…んん」 エルが起き上がる。 「あれ? あたい、いったい」 「機能停止したんだ」 「そっか……え! どうして!」 自分の身体をみておどろくエル。 「起動できなくなったボディの変わりに使ってって言ってな」 エルに説明すると、泣きそうになった。 「エル、泣くな。エルは戦って勝つことだけ考えろ」 「うん……」 そういってエルは、頭だけのアールを抱きしめた。 「いくぞ」 「うん」 エルに武装をしていく。足にストラーフのレッグパーツ、太ももにアーンヴァルのシールドパーツ。 背中にサブアームユニットとアーンヴァルの翼にレッグパーツのブースター、肩にアーンヴァルのシールドパーツ。 頭にアーンヴァルのヘッドギアを付けた。 胸にストラーフのアーマーをつけたときエルが言ってきた。 「マスター、胸の名前のとこ、アール姉の名前も書いてくれよ」 「わかった」 そういって、胸に書かれた”L”の文字に重ねるように”R”を書いた。 背中にフルストゥ・グフロートゥとフルストゥ・クレインを取り付け、レッグパーツにアングルブレード。 手首にアーンヴァルのサーベルを取り付けて武装完了。 そこまで行った所で、スタッフの声がかかった。 「陽元さん、準備をお願いします」 俺は、不正パーツのないことを審査してもらう為、エルを提出した。 そして俺は戦いの舞台へと向かった。 ステージに上がると、再び大歓声に迎えられる。 バトル用のブースにつくとすでにエルが準備されている。 俺は、備え付けのインカムをつけて、エルとの交信状態を確認する。 「エル、聞こえるか?」 「おう、マスター聞こえるぞ」 「いいか、お前は一人じゃない。アールと一緒に二人で戦うんだ」 「マスター、その計算、間違ってるぞ」 「え?」 「あたいにはマスターの気持ちが注がれている。アール姉にもマスターの気持ち……いや、愛だな。アール姉の場合は」 「お、おい」 「あはは、気づいてないと思ったか? 相思相愛、熱いねぇ。とにかく、あたいとアール姉と、あたい達に対するマスターの気持ち。合わせて四人だ」 「……そうだな。だから絶対負けないさ」 「おうよ」 「いくぞ!」 「おう!」 バトル開始の合図が鳴った。 開始と同時にエルはヴァーチャルステージへと移る。 ゴーストタウンステージに光の柱が現れ、光が消えると同時にエルが現れた。 こちらのモニターでは確認できないが、相手もどこかに現れたはずだ。 エルは出現地点からまだ一歩も動いていない。 いや、動いていないわけではない。 その場で左右の踵を交互に上げ下げをしてリズムを取っている。 どこからともなく、猫型ぷちマスィーンズが襲い掛かる。 エルは尚も足踏み状態だ。 猫ぷちの砲撃がはじまるがエルには当たらない。 いつのまにかサブアームにフルストゥ・グフロートゥを持ち、くるくる回転させることにより弾をはじく。 猫ぷちが突撃してくると、エルは優雅に足を振り、足先の刃で突き刺し、地面に叩き落す。 しかし、身体の軸はぶれずに、サブアームのフルストゥ・グフロートゥを回転させたままだ。 「さて、そろそろ公演開始しようか」 「OKマスター」 にやっと笑いそういうと、エルは目を開き、アングルブレートを自分の両手に持ち、前方へ大きく飛び出した。 そして、身体を回転させると同時にアンブルブレードを振り、猫ぷちを斬ると光となって消えて、退場扱いになった。 「まず、2機」 身体の回転を止めると同時に、サブアームのグフロートゥを左右別方向に投げる。 刃の飛ぶ先に猫ぷちがそれぞれ位置して、貫通する。 「はい、4機」 猫ぷちの倒されたことによる退場を確認すると、アングルブレートをサブアームに持たせゆっくりと飛ばしたグフロートゥの方へ歩いていく。 辿り着くなり足先で思い切り蹴り上げると、そのまま回転し後方に回し蹴りを放つ。 足先の刃に今度は犬ぷちが突き刺さっていた。足を下ろすと同時に退場する犬ぷち。 エルはすっと腕を伸ばすと先ほど蹴り上げたグフロートゥが落ちてきて手に収まる。 驚いたことにグフロートゥには犬ぷちが刺さっていて退場していった。 「6機か、あと2機くらいいるだろう」 サブアームの手首を回転させアングルブレードを地面に突き刺した。 「7機目」 エルが呟くと、地面から退場の合図の光が漏れた。 突然エルが上を向き、身体を回転させてその場所から離れると、さっきまで居た場所に犬ぷちの乱射が降って来た。 サブアームのアングルブレードを軽く放り投げ、自分の腕で持つと、跳び上がり下から犬ぷちを薙ぎ払う。 「8機、これで打ち止めだろう」 エルは一旦全ての武器を収めた。 ここまでの戦いを見ていたギャラリーは静まりかえっていて、エルが武器を収めると同時に轟音と化した感性が沸き起こる。 見ていた誰もが同じ感想をもったことであろう。 それは戦いというより、”剣の舞い”だったと。 「エル、レーダーに反応は?」 「いまんとこ無しだぜ、マスター」 「そうか、こっちから動くか」 「OK! 恥ずかしがり屋さんを迎えに行きますか」 エルが探索の為に歩いていると、弾が落ちてきて煙幕を吐き出す。 「エル!」 「大丈夫だ! たぶんここから出たところを狙い撃ちっていうことだろうが、そうはいくか!」 エルはブースターを全開にして飛び上がる。 するとエルを追うようにマシンガンの乱射が迫ってくるが追いつかない。 エルが上空から確認した相手の神姫は忍者素体にハウリンのアーマー、両肩に吠莱壱式、背中からストラーフのサブアームを二対ついている サブアームには、STR6ミニガンを2門、シュラム・リボルビリンググレネードランチャーが2門装備されていた。 足はマオチャオのアーマーで、エルとは対照的な射撃に特化しているようだ。 轟音と共に両肩の吠莱壱式が火を噴く。 エルは上空に停止しフルストゥ・クレインを自分の腕で、サブアームにフルストゥ・グフロートゥを持つ。 四枚の刃を蝶の羽の用に合わせて防ぐ。 さらに、グレネードランチャーやミニガンをも合わせて撃ってくるが、四枚のグフロートゥとクレインで全て防いだ。 銃は効かないと思ったのか、忍者が飛び上がりハウリンの腕が下から襲い掛かる。 「気をつけろ! 射撃戦用が接近してくるのは、何か隠してるぞ」 俺はエルに注意を促す。 「分かってるって」 エルは上体を反らせてかわし、そこから地面へと急降下。 その一瞬後、エルの居た位置に相手の背中から伸びた、マオチャオの腕に取り付けたドリル空を切る。 エルより遅れて着地した忍者がマオチャオの腕を出すと、両腕にドリルがついていた。 ハウリンとマオチャオの腕、サブアームが二対、合計八本の腕が出揃った。 「まるで蜘蛛だな…」 正直な感想をもらす俺。 「マスター、作戦は?」 「んじゃ、蜘蛛の足から落としていくか」 「OK! 派手にいくぜ」 エルは相手に向かって飛び込み、発射間近だった吠莱壱式にアングルブレードを刺しこみ、バク転で逃げる。 大爆発と共に吠莱壱式とマオチャオの腕が吹き飛ぶ。 「まず二本!」 エルが叫ぶ。 爆発でうろたえる相手の頭を優雅に飛び越えの背後に回り、フルストゥ・クレインとフルストゥ・グフロートゥをサブアーム基部に突き刺す。 そして、ジャンプして足で押し込むとそのままジャンプして飛び越える。 「これで六本!」 倒れた忍者が起き上がると同時に、ビームサーベルを両手に持ち懐に飛び込んで相手を貫いた。 相手は、ヴァーチャルフィールドから消えてエルの勝利が決定した。 エルはビームサーベルを収めて左手を腰に当て、右手は頭上に高く掲げる。 そして、タンタンと大きく二回足踏みをして音を鳴らすと、キッとポーズをとった。 この日最大であろう、大歓声がエルと俺を祝福する。 控え室に戻った俺たちは、結果をアールに報告した。 「アール姉、勝ったぞ」 エルは武装をつけたままで、アールの頭を抱きしめる。 「よくがんばったな」 俺はエルの頭を撫でる。 「この調子で二回戦もがんばるぞ」 「おう!」 エルは勝ち進み、ベスト8まで行ったが、そこで負けてしまった。 そのときの相手が今回の優勝者だった。 俺の部屋の本棚の最上部に二つ目のアクリルケースが置かれることになった。 一つ目には、壊れたストラーフの素体。 二つ目にはストラーフの胸アーマーをつけたアーンヴァルの素体がストラーフの素体を抱きしめている姿になっている。 頭がない分ちょっとシュールになってしまっているが。 結局、エルの素体は起動しなくなったので新しいのを買った。 エルの使ったアールの身体をアールに戻すと、記念だから残して欲しいと言われ、アールの素体も新品にした。 それからもアールとエルは仲良くダンスをして俺はそれを眺め、エルをバトルさせるといういつもの生活が続いている。 大会を見ていた誰かが付けた、エルの二つ名”剣の舞姫(ソードダンサー)”が日本中に広まるには、あと少し時間が必要だった。 戻る 次へ